2015年04月09日

シベリウスもアールトも注力してくれた幸福の村

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先日のセイナッツァロ旅の話の続きでも。旅っていっても、前回説明した通り所詮市内ではあるのですけどね。。

お目当てはあのカフェだけだったのですが、目的地以外にもなにか面白い訪問地はないかなと思って出発前にセイナッツァロ区のホームページを見ていたら、個人的にびっくりな記事が見つかってかなり大騒ぎしました。

高校弦楽部でも易しい割に聞き映えがするという理由で幾度となく取り上げ、在京時代の古巣アイノラ響の定期のアンコール曲としてはもはや業界名物(団員はみんなこの曲を聞くと(弾くと)春の到来を感じると言ってたっけ)、そして今現在こちらで弦楽器を弾いていれば年4,5回は確実に弾く機会の巡ってくる……というわけで、人生で演奏会数ぶっちぎり最多の、シベリウス作曲、アンダンテフェスティーボ(Andante Festivo)。
この曲実は、このセイナッツァロ村の村興しのきっかけともなった1897年創業の製材工場の25周年およびセイナッツァロ村の誕生記念に、シベリウスと面識のあった2代目工場長のワルター・パルヴィアイネンさんが直接依頼して作ってもらった曲だったんですね!!初演されたのも、1922年の年の暮れ、セイナッツァロの劇場でのこと。頼まれたときシベリウスは超忙しくしていたらしく、それでもこの25周年パーティの一週間前に弦楽合奏版の楽譜がセイナッツァロに送られてきたんですって。まあ、この曲なら奏者にとっても1週間あれば充分か…笑
なにかの式典のために書かれた曲とは聞いていたし、その荘厳な雰囲気も相まって、今では国内で執り行う儀式や結婚式などあらゆるシーンでの入退場に奏でられる便利な名曲ですが、まさかまさかの送り先でした。

ちなみにここからの話は私ももちろん以前から認知していたんですが、この曲が再び日の目をみることになったのは、世界がいよいよ不穏な時代に突入しようとする1939年のまさに元日に、フィンランドからアメリカへと、大統領によるラジオの敬意挨拶が送られたときのこと。シベリウスは、この曲をティンパニ+弦楽合奏版に編曲して、しかも12年間休止していた指揮活動をまさかの一夜限りの復活!というサプライズまで受諾(もはや往年のアイドル並の話題作り)。もう70歳を超えていたのに自らタクトを振って、大統領のスピーチと紹介を受けフィンランド放送響とともにこのアンダンテフェスティーボを奏でたのでした。このお宝録音が、ちゃんと公営放送局のアーカイブに残っていて今でもネットで聞けるんだから素晴らしい!フィンランド国外から聞けるかわからないのですが、こちらのリンクから試してみてください。(正直、演奏自体はアイノラ響のほうが良い演奏してると思うんだけどね。。。)

と、さっきからなんだか身内びいきな発言が続いていますが、ここはその流れで、宣伝もしてしまいましょう!今週末4月12日(日)、私もかつて所属していた、シベリウスの7つの交響曲はじめ交響詩・音詩を含む数々の管弦楽作品すべての演奏、そしてその他の北欧作曲家たちの作品演奏を目標としている類まれなオーケストラ、アイノラ交響楽団の第12回定期演奏会が開催されます!今年はなんといってもシベリウス生誕150年の記念年なので、何をやってのけてくれるだろうと去年から遠方よりわくわくしていましたが、メインに選ばれたのは男声合唱やメゾソプラノ・バリトンのソロと掛け合う若き時代の大曲『クッレルヴォ』。オケにとっても初めてではないし、今回はすでに同曲をシベリウス協会主催のコンサートでも披露済みで、その時はフィンランドの超名門男声合唱団も来日し加勢したのだから鬼に金棒、記念年に相応しい見事なチョイスですね。チケットがまだ入手可能なのか、最新情報は把握しておりませんが、ともあれ詳しくはこちらの公式HPより情報をご確認の上、興味のある都内や近郊の方はぜひ足をお運びください!

ちなみに私は今年も有難いことにお声かけいただき、パンフレットに見開きでシベリウスにまつわるコラム記事を寄稿させていただきました。私が在籍していた時代から続く、曲目解説とはまた別の、シベリウスの知られざる素顔や演奏曲目の作曲時代にまつわるエピソードなどを面白おかしく(でもちゃんと信頼の置ける文献を参考に検討を重ね)紹介する特集ページです。今回はクッレルヴォがテーマということで、まだシベリウスが若かりし頃のプライベート秘話、付き合いのあった大物アーティストやその当時のフィンランド情勢などをいろいろ綴っています。手に取るチャンスのある方が、開演時間までのあいだの暇つぶしに楽しんで読んでくださることを願っています!


はっ、いつのまにか話がまったくセイナッツァロと関係ないところに及んでいた…。

とにかく何が言いたいかというと、陸より水源の多いようなこの中部フィンランドの小さな小さな村が、かのシベリウスから今なお世界で奏で継がれる名曲をプレゼントしてもらい、さらにその後にはアールトというこれまた世界に名を馳せた建築家に「フィンランドのタヒチ」という愛称をもらうほどに気に入られ、夏がくるたびにサマーコテージに戻ってきてもらい、何よりあんなにも慈しみにあふれる村役場を作ってもらって(何度も主張している気がしますが、私は自分が訪ね歩いたアールト建築の中ではこの村役場が一番素晴らしいと思っています!)…セイナッツァロはなんて恵まれた誇り高き村なのだろう、ということですよ、ええ!!

アンダンテ・フェスティーヴォが捧げられた例の村の工場は、パイヴィアイネン家系が手放したあとも次々違う会社の手に委ねられ、今日では国内製紙製材企業の二番手を行くUPMキュンメネ社のプライウッド製造工場として現役稼働が続いています。それでも当初の工場の外壁は敬意を払ってそのまま残してあって、(若干進撃の巨人たちに見えなくもない)労働者のシルエットがモチーフになった壁画やJPのロゴが、今でも村の栄光時代の記憶を誇らしげに発し続けているように見えます。
村役場の見学に来られる方は、敷地の近くに背の高い煙突がそびえ立っているのが見えると思いますので、ぜひ合わせてこちらの歴史ある工場もちらっと拝みにいらしてください。それから、村役場の議事堂に今でも残してある、四面にこの村の象徴である製材工場労働者たちのユニークな木彫画がはめられている、味わい深い投票箱もお見逃しなく!

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結局セイナッツァロに申し訳ないほどとりとめない記事になってしまい、反省…


posted by こばやし あやな at 06:32| Comment(0) | Säynätsalo-セイナッツァロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月06日

営業時間のないカフェ

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今日は午後から急に雲が遠のいていって久々の青空が広がり、居てもたってもいられず、ミッコとしばしサイクリングに出かけようということになりました。…しばしといっても、我々のサイクリングデートはいつも普通のシティバイクで片道10キロをゆうに越す、それなりにハードな行程になるのですが。。。

どこがいいかなあとグーグルマップでうろうろと目的地を探していたとき、ふと思い出されたのが、売れっ子イラストレーターのマッティ・ピックヤムサが、そういえば以前一緒に食事に行った時だったかに教えてくれた、セイナッツァロの島の端っこにあるという超おすすめカフェのこと。彼自身はヘルシンキ在住ですが、パートナーがユヴァスキュラ出身なのでときどきこっちのほうに遊びに来ているそうで、夏のある日に車で連れて行ってもらったここのカフェが忘れられないくらい素朴で素敵だったというのです。ただしそこは、ウェブサイトもないし、特に看板もないらしくマッティは店名もうろ覚えだったし、何より営業時間が極めて気まぐれで、とにかくオーナーのおばあちゃん次第、なのだそう。

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セイナッツァロは、先週訪れたマンッタ同様、製材製紙工場の誘致によって興った小さな島々の集まる村で、アールトの建てた村役場でなんといっても有名。カフェがあるのはセイナッツァロの本島からさらに2つ島を飛び越えたムーラッツァロという島の北東の先っぽにあるようで、こちらの島は同じくアールトのサマーコテージが残っていることで知られています。ちなみにセイナッツァロは現在はユヴァスキュラ市の一部なのですが、私の住む元祖ユヴァスキュラの中心部からここへ向かう途中には、通称ユヴァスキュラのバチカン市国、ムーラメ市を突っ切ることになります。ユヴァスキュラ市はここ十数年の間にどんどん周囲の小さな街や村を合併していきましたが、ムーラメ市には有名なサウナストーブ企業があって財政が潤っているので、この市だけは今なお頑なに独立を叫び続けているというわけです。

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うちからカフェのある島の岬までは約15キロの旅。まあそれならということで、さっそく水と軽食をまとめてうちを飛び出しました。気温も太陽が顔を出した途端グングン上がっていき、帽子も手袋もマフラーも次々に鞄に押しやるはめに。サイクリング途中の道は、ひたすら森か、湖畔か、島飛びの橋か、ではあるのですが、道中のエピソードやディープなセイナッツァロ案内は明日以降の日記に回して、ここは一気にカフェまでワープさせていただきます(笑)

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さて、アップダウンのなかなかキツい島なみロードをひた走ること一時間あまり、ついに教えてもらったカフェに到着しました。なるほど、入り口にもさりげなく「カフェ/レストラン」としか書かれていない…
開いていますようにと念じて扉を押すと…

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目に飛び込んできたのは、レトロとしか言い表しようのない、何十年も前の雰囲気がそのまま残った、オール木製のテーブルや椅子、壁、天井、そしてカウンター!一人のお爺さんが奥でコーヒーをすすっていたので、今日はちゃんとオープンしている様子です。でも、だあれも出てこない…
カウンターにあるベルをしばらく鳴らし続けたら、やがて奥の奥からコトりコトりとのんびりした物音が聞こえてきて、ついに顔を出してきたのは、もう80歳は超えているんじゃないかという背中のまがったおばあちゃん!

我々に気づいて、何にしますかあ?と、紙とペンを取り出しのんびり口調で尋ねてくるおばあちゃん。容姿から想像するよりずっと頭ははっきりしているごようす。ただいかんせん耳はずいぶん遠いようで、こちらも何度も何度も大声でオーダーを繰り返し、終いには「ここに書いて」と言われてまさかの筆談ならぬ筆オーダーでようやく落着(笑)ちなみにコーヒー/紅茶は1杯1ユーロ、プッラ(菓子パン)もひとつ1ユーロと、お値段もタイムスリップ価格でした!

頼んだものがやって来るまでしばし店内探索。

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室内唯一の時計が12時きっかりで止まってしまったままなのも、この場所の悠久さを感じさせますねえ(笑)

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そしてこのカウンターの、チョコボールの箱の開け口を思い出させる小粋なディテール!私、このディテールは絶対アールトのアトリエ2階の図面収納室の、あのさりげない採光窓のアイデアの源になったのではないかと想像しています。時代的にも、どんぴしゃ。ムーラッツァロにアールトがサマーコテージを建て始めたのが1952年ごろからで、セイナッツアロの村役場もその少し前。そしてこのカフェもまた50年代初期から営業しているそうなので、サマーコテージの建設中や、完成してから夏をこの島で過ごすときに、アールトもこのカフェに立ち寄っていたんじゃないかしら。そしておっと思ったこのカウンターのディテールを、同じく1950年代半ばにデザイン、建設したヘルシンキのアトリエで応用したのでは…?

なあんてね〜。でも、可能性は否定できないはず!

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カウンターではたくさんの駄菓子が売られていて、日本の古き良き駄菓子屋さんの雰囲気も思い出させてくれます。実際こういう駄菓子売りのお店はかつてミッコの幼少期にも村にあったらしく、当然ながら私以上に郷愁を誘われていました(笑)そんなお菓子やイースター飾りのあいだにちょこんと飾られた夫婦写真、もしかしてあのおばあちゃんの若き日の写真かしら?

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四方の窓からは、くぐもった白色のカーテンを通して実に柔らかい良い光が差し込んできていて、本当に気持ちいい!

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部屋の隅っこには、これまた日本の喫茶店の風景がオーバーラップするスロットゲーム機が(笑)

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スーパーの出入口では普通に見かけるこのスロット機。実は初めて、1ユーロ分だけチャレンジ!「北極星」という名のゲームを選んだら、背景がいかにもフィンランドww

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結構長らく待って、ようやくおばあちゃんがプッラとコーヒー&紅茶を運んできてくれました。もう途中でコケてこぼしちゃうんじゃないかしらというヒヤヒヤものの足取りでしたが、ぎゅっとお盆を握りしめて、ちゃんとテーブルまで到着!実はこのお店、創業当時から彼女がずっとオーナーなんですって。つまりもう60年以上も、彼女はここでオーダーを取って、パンを焼いて、コーヒーを運び続けているのです!この歴史はあるけど営業時間はないというマイペースカフェの、知る人ぞ知る店名はずばり「ライリのカフェ」。そう、この愛らしいおばあちゃんの名前こそが、ライリさんだったのですね!

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イースターを意識して選んでくれたのかはわかりませんが、キュートなニワトリ柄のカップ&ソーサー。食器も創業当時から使い続けているんですって。それからトイレのために一度厨房のほうにおじゃましたら、なんとオーブンもコンロも全部薪をくべて温める昔ながらの釜が現役稼働しているようでした!!
本当にどこをきりとっても、そこを流れている時間まで、製材工場の黄金期であり、アールトが愛し夏がくるたびに通った古き良き中部フィンランドの片田舎の記憶が宿っているような趣深さです。しかも、写真がありませんが周囲の景観もこれぞ湖水地方の真骨頂!!といいたい、森と湖に囲まれた最高のロケーションです。その昔、材木の運搬船の道標となっていたのか、カフェの眼と鼻の先の岬にはちょこんと小さな白い灯台も立っていました。
ミッコと一口プッラをかじるごとに「ええなぁ」と目尻を下げて、食べ終わったあともしばらく窓辺でのんびりしてから、ふたたび往路向けてお店を後にしたのでした。

ああ、近場散策とはいえ、思いがけずいいイースター休暇の一日でしたなあ。

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セイナッツァロ後編はまた近日中に!




posted by こばやし あやな at 06:52| Comment(0) | Säynätsalo-セイナッツァロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月09日

初めての日本→フィンランド仕事

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私が一番好きなアールト建築、セイナッツァロの村役場の議事堂。もう両手で数えきれないくらいここを訪れているのに、いつもその高い天井や漏れ込む光の筋やアールトお手製の机椅子に目がいってしまっているからか、昨日の訪問時にふと初めて気づいた、議長席の横に置かれている(おそらく)投票箱。いかにもお手製という感じで(おそらくアールトは無関係だろう)、四面にこの村を象徴する労働者たちのユニークな木彫画がはめられているのです。村の象徴とわかるのは、セイナッツァロの村を活性化してきた木材産業に汗を流す人々や、その工場のようすが描かれているから。JPというロゴが所々に見られるのですが、これはセイナッツァロの村(島)に橋を通して開拓し、木材産業をこの地に誘致したユヴァスキュラ出身の富豪、ヨハン・パルヴィアイネンさんの頭文字なのでしょう。今その工場は国内最王手の製材企業UPMのものになっていますが、その一角のレンガ壁にも、やはりJPの文字と懸命に働く労働者たちのシルエットが描かれていて、街の不朽の誇りであることをアピールしているように感じられます。

とまあローカルな話題はさておき、今日は、ユヴァスキュラ大学の近くにあって私がずっとお客さんとして通っていた創業60年の老舗「絵はがき屋さん」Harjun paperiに、いつもと違った立場で訪れてきました。もともとここのオーナーのアンネさんとはお店に寄るたび話し込んでしまうほど親しかったのですが、彼女から「今後もっとお店で日本のレターセットや紙製品や文房具を扱っていきたいんだけれど、日本のサイトも読めないし交渉方法もわからないので、間にはいって輸入販売までのお手伝いをしてくれないかしら」とまさかのビジネスパートナーとしてのスカウトをいただいたのです。
実はここのところずっと、フィンランドから日本へ情報やものを発信する一方方向のお仕事ではなく、むしろ日本からフィンランドへ、つまり日頃お世話になっているフィンランド人たちにむけて、知財でも物品でも、なにか役立ったり喜んでもらえるものを持ち込むビジネスができないものかしら…とぼんやりアイデアを練っていたので、この一軒はその第一歩としてすごくわくわくするお話。しかも私自身がファンだった素敵なお店のために一役買うことができるというのだから。

初めて入るお店裏のスタッフルームは、そこだけでもじっくり物色に明け暮れられそうな、棚出しを待つ世界の紙アイテムたちがいっぱい。アンネさんや、若いスタッフさんらとカルヤランピーラッカ片手に2時間ばかり商品探しやアイデア交換のミーティングをおこなって、なんとなく、プロジェクトの全容や私の役割が明確になってきました。さて、いつ頃に日本からやってきた自慢のカワイイ商品たちがこの店頭に並ぶことになるでしょうか…また進展があれば今度は写真付きでご報告します!

ayana@säynätsalo.fi


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明日は久々にオフ!断髪&大掃除するぞ!!




posted by こばやし あやな at 04:13| Comment(0) | Säynätsalo-セイナッツァロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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