2013年07月19日

大阪の蛙と京の蛙

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来月に取材させてもらうとある絵本画家さんの作品を何冊か買い込み、今朝から目を通しているのですが(フィンランドの絵本は絵本と言えどもページあたりの字数が多い!)、ある世界の童話集みたいな本の中に「日本の物語」として紹介されていた作品…それが意外なところで「Osakalainen sammakko ja kiotolainen sammakko=大阪の蛙と京の蛙」だったんです。おおー読んだことはあるし、なんたって愛しきカエルのお話ってことで、当時から一目置いていた作品ではあるのですが、そんなに世界的に知名度が高くてしかりな話なのか…?

日本ではこのお話って、ほのぼのしたオチではあるものの、どこかこう「滑稽さ」を嘲笑してめでたしめでたし、みたいな印象があったのですが、なんだかこちらのでは、最後までとてもほんわか微笑ましい、カエルへの優しいまなざしが感じられるような書かれ方だったので、カエルびいきとしては好感が持てました(笑)確かほんとは、カエルたちが出会うのはかの天下分け目の天王山のてっぺんでしたよね。もちろん、外国人が読むのにそんな具体的な地名を出してもしょうがないので天王山なんて単語は出てきませんが、それにしても二人が出会った場所をkukkula(=丘)という普通名詞で説明されてたのは若干違和感が…なぜ山ではなく、丘??丘の上にのぼったくらいでは背伸びしたところで京も大阪も見えなかろうに。といいつつ調べてみたら、天王山って高さ300メートルもなかったんですな。なんとなく、山崎の戦いの凄みから、勝手に厳ついザ・山のイメージを仕立てあげてたのか。天王山…山崎…サントリー…ビール&ウイスキー…

…あらぬ妄想が止まらなくなってきたのでこのへんで。

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明日はちょいと東の街へ



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2013年03月31日

懐かしい光/読書の春

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今晩このあと眠りについているうちに時間が一時間早まり、明日からは早くもサマータイムが始まります。ただいま夜の8時過ぎでも西の空がぼんやりと明るいので、明日は夜9時でこんな感じ、という急な変化には毎年ながらなかなか慣れません。

先ほど夕刻、夕飯の支度に取り掛かっていると、西向きのキッチンの窓からなんとも柔和でなよらかな春の光が、包丁を動かす手元を照らすライトのように注がれてきました。皮の向けた玉ねぎは真珠のように活き活きと輝いていて。

ああ、この光の感じ、なんでこんなに懐かしいんだろう。そうか、日本の台所を夕方に照らしていた光とおんなじだ。緯度やサマータイムにさほど左右されない今にだけ、北半球およそどこでも等しく注がれる春の夕刻の陽の光。つかの間、ここが故郷から遠く離れた北の果てであることの緊張感を忘れて、久しく遠のいていたのどかで安らかな気分に包まれながら料理に没頭しました。たぶん明日はもう、同じ時間に料理を始めてもまだまぶしすぎてブラインドを下ろしてしまうのでしょう。さよなら、春時間。

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ちなみに今晩のご飯は、きのこハンバーグ目玉焼きつきとブラッドオレンジ・サラダ。さっそく肉解禁です(笑)


ところでさっき近所の某外資系スーパーに買い出しに出向いたとき、前学期にとある授業で部分的に読んだ、Rosa Liksomという売れっ子作家さんの小説『Hytti nro6(寝台キャビン6号車)』が安売りワゴンに入っていたので、ぱっと買い物カゴに入れて持ち帰ってきました。2011年にフィンランド文学賞を受賞した作品で、シベリア鉄道の寝台列車でたまたま同じキャビンに居合わせることとなった少女とロシア人男との、「目的地到着までの期間限定の密室」でのやりとりが延々描かれています。私自身もまだ全部読んだわけでないのでどうだと語ることはできませんが、授業で少し立ち入ったこの小説の世界、彼女のインタビュー映像、ホームページの内容などから、「きっと私の心を揺るがしてくれる作家さんであり、作品だ」というドキドキするような予感がありました。心の孤独とは、一緒に重ねる時間の長さに囚われない忘れられない出会いとは、人間関係とは…そのあたりがおよそ主題となっています。

最近、以前にも書いたように電子書籍への依存度が高まりつつあって、どんどん気になる本をダウンロードしてしまう悪癖がつきつつあるので、ここらでひとまず日本語活字への依存症を断ち切って、フィン語作品のほうに身を寄せるようにしたいと思います。日本語みたくぱっと速読で読みきる心配もないので(笑)、ゆっくりのろのろと、しばし空き時間のお供になってもらいましょう。

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損した気分にならないために、今日は一時間早く寝ないと。


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2013年03月16日

最近、ついに生活に導入してしまったもの

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それは、電子書籍です。。。

ああ、やってしまったという複雑な思いは拭え切れないものの、ここで生きてゆく限りもはや手放せないような予感もしています。東京で、いわゆる手に取れる「書籍」づくりにこだわっていたころなんて、(まあ実は多少デジタルコンテンツづくりにも関与していたものの)電子書籍なんてクソ食らえ、本は手にとってなんぼのもんじゃい!!と頑なに信じていたはずなのに…

今年に入ってあまりにアウトプットの機会ばかりが増え、ずっとインプット量とのバランスが取れずに心がカラカラになってきていました。結構在住者同士で日本から持ってきた本の貸し借りなんかはできる環境にあるし、頼めば日本から送ってもらうこともできるのですが、やはり今の自分自身が読みたいと思うものこそタイミングを逃さず目を通したいという願望、あと単純にこれ以上この狭い部屋の狭い本棚に本を増やしたくはないという思いから、恐る恐るアプリをダウンロードして、まずは当面この一冊だけ…と取り込んでみました。

な、なんて便利なんだ…

ネットなどで書評を見ていてずっと読みたかった作品の文字列が、どこにいても携帯のなかですらすら追うことができる。読み返すことも、付箋をはっておくことも簡単。読み終わったら架空の本棚にしまっておける。近所に(和書の)本屋さんがない世界で生きている者にとって、これほど便利でありがたい文明の利器があろうか。正直、私たちは何よりも愛すべき母国語の活字そのものに飢えているわけで、装丁云々よりも文字にやその世界に対峙できれば十分なのです。こちらで手に入る食材でどうにか和食を作って十分感動を得られる、その感覚に似ている気がします。

実は海外携帯で利用できる和書の電子書籍用アプリは、現時点でかなり限られています。KindleもKinoppyもまだ海外対応はしていない。いくつかある候補アプリのうち、こちらで買ったAndroidスマホにも対応していて、私が一番最初にどうしても読みたかった某人文系書籍が唯一電子対応していたのがeBook Japanだったので、現在はしぶしぶそれを利用しています。ただe-bookは本来漫画とかライトノベルメインで、まだあまり文芸や学術書には対応していないようなので、そこが良くも悪くも衝動買いに歯止めをかけてくれている感じ。今後大手アプリが海外版に参入してきたら、また私の利用状況にも変化が見られるかしら…。

いいのかなあ、でも仕方ないよね、便利だもん。

こうやって、普遍だと信じていたものに後ろ髪を引かれながらもやがて振り返ることさえ忘れて、人は次の時代へと歩を進めていくものなのでしょうかね…

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明日は日帰りトゥルク出張。





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2012年10月17日

初期のムーミン挿絵から受けた衝撃

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私は実は、ムーミンシリーズに関しての知識見聞が相当浅いのです。日本にいたときも、アニメをなんとなく見ていた記憶、小学校の図書館でハードカバーの児童書を何作品かは読んだ記憶がぼんやりとあるものの、それほどに強いインスピレーションを受けた覚えはないし、アラビアの歴代マグにプリントされたムーミンキャラクターの名前や、各物語のあらすじについても今現在も相当あやふやです。

そんな私ですが、今になってようやく、フィンランド語原書(いやトーベ・ヤンソンさんはオリジナルをスウェーデン語で書かれているのであくまで訳書、ですね)を手に取る機会がめぐってきました。某授業の課題に関わるので、書籍化されている全シリーズから今週中に最低2作品は読んでしまわねばならないのです。


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とりま手をつけはじめたのが、ムーミンシリーズの記念すべき一作品めの物語であるMUUMIT JA SUURI TUHOTULVA「小さなトロールと大きな洪水」と、自称冒険家のムーミンパパの青春紀行MUUMIPAPAN UROTYÖT「ムーミンパパの思い出」。どちらも先生のお宅の書斎からお借りしている、刷新前の貴重な旧本です。

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章の始まりの装飾などもいちいち素敵ではないか!

いうても児童書なので、覚悟していたよりはさくさくと読めて助かっていますが、御存知の通り、登場人物たちの何気ない台詞のなかにはっとくる哲学的な含みが多く、会話文はつい丁寧に文字を追うようになってしまいますね。


実は、先述したようにムーミン初心者の私を何より驚かせたのは、一作目の絵本の全ページに、大小あれどかならず描かれている、トーベ・ヤンソンさんの挿絵のクオリティでして…。

ムーミンの原画が、我々がなじみあるアニメのテイストとは似つかぬほど異なっている、というのは有名な話で、タンペレのムーミン博物館にいけば、その本来の作風を直筆イラストで拝むことができます。それは私も心得ていたのですが、第一作目のそれは、後々続いていゆくシリーズ内で彼女が描く登場人物の姿形とは、またさらに一段階も二段階も別次元だったのです!


百聞は一見にしかず…私がとりわけ衝撃を受けたのはこちら、


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ニョロニョロに足が!!

ムーミンママの輪郭(と思い込んでた)外に口が!!
(しかもママも裸!)


…いやあ、日本の漫画でも、第一巻と現行巻ではキャラの顔つきが全然ちがう、というのはよく指摘・検証される鉄板ネタですが、このムーミンシリーズのビフォア・アフターも、ぜひ今後はその検証対象に加えてほしいものです。。。


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…うん、やっぱり口の位置ひとつで、全然別の生き物になってしまうやんね。。。
あとこの挿絵で、チョコレートの絵にFAZER(フィンランドの老舗チョコメーカー)て描かれているのもクスリときますな。


尽きないツッコミはこのへんに…ところで一作目の最初のページには、前書きに代えて、トーベ・ヤンソンさんがなぜこのムーミンシリーズ(どうやら当初はシリーズ化を必ずしも想定していなかったようにも読み取れますが)を執筆するに至ったかについての短い経緯が書かれています。ひょっとしたら和訳書にも同じ文章がもっと良質な翻訳で掲載されているかも知れませんが、誕生秘話を知らない方が結構いらっしゃることを想定して、以下に私の翻訳で転載しておきますね。

戦争の始まった1939年の冬、私は仕事に行き詰っていました。イラストを描き続けることが、ひどく無意味に思えてきてしまったのです。
かと思えば突然、「昔むかし…」で始まるお話を書きたいと思うようになりました。結果そのとおりとはならなかったけれど、王子様やお姫様や小人が出てくるような物語にはしたくありませんでした。だから代わりに自分で作画した怒りっぽいキャラクターを選んで、ムーミペイッコと名付けることにしたのです。
半分ほど完成していた物語は、1945年までにはすっかり忘れさられていました。その年、とある友達が「子供の本が欲しいのよ、お話を最後まで書いて挿絵もつけてちょうだい」と言い出したことで、執筆を再開したのだったと思います。
(中略)
この物語は、ジュール・ヴェルヌやコッローディ(青い神の聖霊)など、私自身が子供時代に読んで大好きだった本たちに大いに影響を受けています。でも当然でしょう?
ともあれ、これは私が書いたはじめてのハッピーエンドなお話なんですよ!


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さあ気合入れて続きも読まねば!



posted by こばやし あやな at 07:01| Comment(2) | Suomi×文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月20日

青色の夜

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以前からときどき成果報告をしているEOTO(ネイティブ同士の言語交換指導プログラム)、なんとか12月までに必修20時間を終わらせて単位申請できるようにと、最近は週2で頑張っております。

自分たちでいうのもなんですが、私も相棒のミッコも半端無く甲斐甲斐しいもん同士なので、相手の熱意に応えようと自分自身の予復習も徹底的にこなしてくる上、相手が次回に学びたいことに関する教材準備や予習にもお互いに相当時間を費やしてから、いざ毎度のミーティングに臨むため、なんだかどの授業よりもやりがいと成果を実感できる言語交換が進行中です。

ミッコは専門は歴史なのですが、音楽、映画、絵画、文学、どんな諸芸術分野に対しても深い造詣があってどこまでも熱く語り合うことができ、さらに人の思考や心情を推し量って的確なアドバイスや励ましの言葉をくれるのが本当に上手い子なので、言語学習以外の場でも私が今一番なんでも話せて頼れるよい友達です。私の正確な言語レベルを知っているから、会話にも粘り強くつきあってくれるし(笑)

言語交換のなかで、アドバイザーの先生に「テキストや文章だけでなく、二人の共通の趣味である音楽や映画をうまく教材にしてみたら?」と提案いただいたので、最近はときどき、相手にぜひ聞いて(読んで)ほしい自国の歌謡曲や詩の、朗読や翻訳の交換タイムを持つようにしています。2週間くらい前には、人知れず入学以来落ち込みの一番激しかった当時の私がまさに自分の応援歌にしていたこの曲のことを彼に教えて、手書きの歌詞カードとオリジナルフィン語訳(意訳ですが)をプレゼントしました。


遠く遠く/槇原敬之

ちょっと季節外れかもしれませんが、私のように海外に飛び出してきた人たちはいわずもがな、故郷を離れて夢のために頑張っている誰もの心に染み渡る名曲ですよね!登校が億劫な朝や、凹むことの多かった日の帰りは、いつもiPodでこれを聞いて元気をもらっています(ちなみに上のどなたかが作ったスライドショーでは、かつて私が毎日利用していた水道橋駅ホームをはじめ懐かしい景色がたくさん出てくるので、実にしみじみとさせられます…)。

マッキーの曲はこれに限らず言葉が聞き取りやすく、訳しがいのある意味やメッセージがちゃんとこもっていて、日本人の文化や心の解説のきっかけとなるワードもたくさん盛り込まれているので、外人さんへの言語学習教材には持って来いだと思います(笑)
ミッコはそれ以来、私の訳や簡単な解説を参考にしつつ、楽しそうに口ずさみながら毎回ワンメロずつ文法分析と独自の翻訳にチャレンジしてくれていて、来週にはめでたく素敵なフィン語訳版が完結しそう!


そればかりでなく、先日にはこの歌への返歌として、とある詩をひとつプレゼントしてくれたのです。きっとこのマッキーの歌や、今の私の心に重なるものがあると思うから、といって。

それは、ミカ・ヴァルタリという20世紀にその名を馳せたフィンランド人作家が1929年につくったという詩で、「Sininen Yö(青色の夜)」というタイトルがつけられています。ヴァルタリは小説家としてはもちろんその名を存じ上げておりましたが(『エジプト人』という代表作は日本語訳もされています)、詩集も出していたんですね。

古びたその本の序盤に載っていた短い詩。辞書なしに一読しただけでは最初のほうはうまく意味がつかめなかったけれど、終盤のフレーズに、つい涙をこぼしかけたものです。マッキーとは当然ながら全く違う(究極的な)次元の言葉と世界観でありながら、でも確かに、そこにちらつく機微は一緒。そして私のこころも。


実はミッコの妹のリーッカちゃんは、同じくユヴァスキュラ大学の哲学科に通うかたわら、すでにオリジナル詩集を出版しているれっきとしたプロの詩人さんで、つい先日に待望の2作目が発表されたばかり(こちら)。この間たまたま食堂でお会いして少しお話ししましたが、思慮深く深いオーラをもった、とても魅力的な妹さんでした(その横で兄はデレデレw)ミッコ自身は実作はしないけど、やはり彼女と血をわけているだけあって、なんだかものすごい数の詩を暗唱しているし、やはり美しい言葉を介しての思考やコミュニケーションを得意としているようです。目の前で誰かが悩んだり落ち込んでいるときに、自分の言葉で精一杯励ますものよいけれど、先人の偉大なる言葉や思考のなかからぱっとしっくりくるものを思い出して引用してこれるというのも、とても羨ましく素敵な才能だなとつくづく思います。


というわけで、私も感謝の意を込めて、この詩の翻訳に挑戦してみました!
意味の取りにくいフレーズやレトリックについて逐一ネイティブたちに尋ねながら、本日修正完了した最終版をここに掲載させていただきますね。


SININEN YÖ

Himmeänsinisessä yössä
sateen solistessa kadun asfalttiin
havahdun niin polttavaan ikävään,
että tahtoisin olla kuollut,
kun kaikki minussa huutaa,
miten olisi voinut olla,
ja ohitseni liukuvat tyhjinä
elämän ruhtinasyöt:
Juna vapisee jalkojen alla,
liekit palavat kadun kiiltävässä pinnassa,
kameelin varjo kuvastuu erämaan taivasta vasten,
huulilleni syöpyy hiekan suolainen maku,
ja minä tiedän, että ainoa kotini
on jyrisevä asemahalli
juuri ennen pikajunan lähtöä,
ja että minua odottaa aurinko ja meri
siellä, missä en ole,

aina siellä, missä en ole



青色の夜


ほの暗い青色の夜
雨はとくとくと音をたてて通りのアスファルトへ
どうあればよかったのかと
身体のすべてが叫び声をあげ
空虚さに貫かれて
いっそ死んでしまいたいという
激しい憂鬱感に悶えながら
わたしははっと目を覚ます

人生のこの上なく素敵な夜

足下で列車が振動し
まばゆく輝いた路上に炎が蘇り
空に浮かんだラクダのシルエットが砂漠へと映し出され
砂の塩分が私の唇へと染みこんでゆき
そして、特急列車の発車間際にわたしは知る
わたしのただひとつの帰るべき場所は
騒々しい駅の広場であることを
わたしのいないその場所で
太陽と海が待っていてくれることを

いつでも、わたしのいないその場所で

―ミカ・ヴァルタリ



夕方の水曜定例日本語カフェは、秋休みということもあって人は少なめでしたが、新たな日本語学習者さんもあそびにきてくださり、なんだかいつも以上に日本語会話特訓色の強い、でもとても和やかで笑いとおしゃべりの絶えない素敵な時間となりました。後半はみんなで輪になって、なんとしりとり合戦!フィン人は日本語の単語で、日本人はフィン語の単語で言葉をつなぐという簡単なルールの上で、これが意外にもかなり白熱しました☆お互いのいい勉強になるしね。ひょんなことから「ユヴァスキュラにこたつを!!」プロジェクトについても話が盛り上がり、こりゃ実現も不可能じゃないかも!すでに登校、下校時間は暗いのが当たり前になりつつありますが、暗さも寒さも、日本の知恵を随時活用しながら、みんなで楽しく乗り切ってゆきたいものです〜

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さらりとお茶漬け食べてから就寝したい気分。

posted by こばやし あやな at 07:53| Comment(0) | Suomi×文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月29日

フィンランド気になる漫画(2)

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さて、こちらは言わずとしれた世界のルーキー、ドナルドダックのコミックです。
フィンランドでは、何故か大御所ミッキーを凌駕する勢いでドナルドダックの人気が高く(現地語でAku Ankka/アク・アンッカと言います)、こうした漫画やDVDはもちろん、ドナルドデザインの文房具やポストカード、雑貨なども非常によく見かけます。

で、2000年以降に順々に発行されている、この比較的新しいシリーズ漫画の何がすごいかと言いますと、(写真ではわからないとは思いますが)…

なんとこれら全部方言バージョン漫画なのです!!!

上から順に、オウル州地方バージョン(オウルやトルニオなどボスニア湾に面した北西部)、タンペレ地方バージョン(私がもうじき引っ越すユバスキュラもおよそこの方言です)、南カレリア州地方バージョン(イマトラやラッペーンランタなどロシアと接する南東エリア)
…となっております。もちろんフィン語話者の読者の方なら、すでに本のタイトルから訛っとるやん!!ということにお気づきかと思います(笑)


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ぱっと見、中はオールカラーのコミカルなドナルド・ワールドです。…が、実はこれでもかと執拗に、各地方ならではの語尾の訛り、その地方でしか通用しない言い回し、単語のオンパレードなんです!!!まだ方言に慣れ親しんでいない私には、どれにせよ「なんか読みにくいなあ。。。」程度の違和感しか感じられませんが、フィン人にとっては、東北弁バージョンや関西弁バージョンを読み比べているかのごとく、それぞれがエキゾチックに感じられるのだそうです。
総人口が大阪市にさえ満たないフィンランドで、そこまで方言に開きがあるの…?と思われるかもしれませんが、きっと人口が少ないからこそ、歴史的に地方間の交流も少なく、それぞれのエリア内で独自の方言が自由闊達に育まれたのではないか、と私は推測しています。

読んでいて驚き呆れるのは、故郷の固有名詞まで、さりげなくすり替えられて会話中に登場してるのです(街の有名な通りの名前とか)。お、おい、いいのかウォルト・ディズニーさんよ。。。??「これって合法なの?ちゃんとディズニーの許可はとってるの??」とシュンノヴェさんに問いただしてみても、「そのへんのことはよくわかんないけど、今のとこ怒ってきてないから大丈夫なんじゃない?」となんとも気の抜けた返事。どうかこれがフィン米間の国際紛争の火種となりませんように…


ただでさえ小さな小さなマーケットしか持たないこの国で、ディズニーの名を借りてまでこんなニッチな本を出して、ちゃんと元は取れるのやら??と懸念してしまいますが、(数寄者のあいだでは?)なかなか人気が高いシリーズらしいです。まあ確かに、もし日本で、あの声と風貌で「なんでやねん!!」とぶりぶり怒ってるドナルドが存在するなら、ちょっと見てみたいかも。。。?

各本の最初のページには、一応よその地方の読者を意識してか、ご丁寧に文中に出てくる方言翻訳リストまで付けられていて、巻末にも作者もとい翻訳者の、その土地のローカリズムに対する熱い思いまでが綴られています。日頃からよく方言やご当地文化のことを話題にしては、揶揄し合って盛り上がってるフィンランド人らしいっちゃあ、らしいですね。
私もそのうちユバスキュラ人らしく自分(=標準はミナまたはマ)のことをマ〜、マ〜言ってるんかね〜。


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まだまだ紹介したいヘンテコ漫画がたくさんあるのですが、
第三回はまた気がむいたときに。
posted by こばやし あやな at 18:09| Comment(0) | Suomi×文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月28日

気になるフィンランド漫画(1)

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語学の授業で、文法通りの書き言葉とは別世界にある「話し言葉」や「スラング」を覚えるためによく活用されるのが、フィンpopの歌詞と、sarjakuvat(サルャクヴァット)=漫画です。漫画中で人物の吹き出しに綴られるのは、自然とくだけた口語ばかりで、しかも絵で状況を確認しながら解釈しやすいというわけです。漫画といってもフィンランドオリジナル作品は、もちのろん、日本が誇るMANGAの壮大なストーリーや画力ととても一緒くたになんてできない、気楽な短編コメディがせいぜいです。一方で、翻訳された日本の漫画がこれだけ市場に出回り、真似事に興じる「自称漫画家/アニメイラストレーター志望」の若者が見受けられるのだから、近々国内漫画界にも、大変革が起きるのではという気はしますけど。

で、その日の帰宅後、シュンノヴェさんたちに「今日授業でこんな漫画を読んで…」という話をしていたとき、例によって彼女のマルチコレクションのなかから、どっさりと「漫画本」を出してきて、楽しそうに一冊一冊紹介してくれました。
私は日本でほとんど漫画を読まずに育ってきたので(まともに読んだのは「ちびまる子ちゃん」と「のだめ」と「美味しんぼ」くらい)、比較したり熱く語れることは何もないのですが、こちらの歴代漫画本をパラパラと見ていて、面白いなと目を引いたものをいくつかご紹介したいと思います。(手っ取り早くwikiなどを見るとフィンランド漫画のあゆみなども要約されていますが、今回は歴史考証まではスルーさせていただき、完全に私の第一印象だけでの特色紹介になりますのであしからず。)


タイムスリップの前に、現在のフィンランド漫画を語るうえで、これだけは外せないというという代表作品が、イントロ写真にも載せているこちら、

VIIVI ja WAGNER(ヴィーヴィとワグネル)
(1992-、新聞掲載は1997-)


VIIVI ja WAGNERは、国内最大手の新聞社発行の「Helsingin Sanomat(ヘルシンギン・サノマット)」に1997年10月以来今日まで毎日掲載されている、世代問わず国民誰もが愛してやまない、四コマ漫画ならぬ「三コマ漫画」です。皆一様に「一日一個これを読まずしてその日は終えられない」とつぶやき、単行本もすでに何巻も発行されて相当な売上数をたたき出しています。もちろんシュンノヴェさんのうちにも、キャラクターのぬいぐるみからレシピ本まで各種揃っております(笑)

ストーリーの軸は、何故か毎日黒い海パンはいててフィン語をはなす豚のおっさん(おっと実際は年齢不詳)ヴァグネルと、そのヴァグネルをこれでもかと罵ることを生き甲斐とするサディスティックな女性ヴィーヴィによる、コミカルな日常問答。
作者はJUBA(ユバ)と名乗る人気漫画家さんで(ユッシ・トゥオモラという本名も公にしていますが)、いわばフィンランドの植田まさしといった存在です。


ヘルシンギン・サノマットのネット新聞サイトから過去の漫画がずらっと見られるので、雰囲気だけでもこちらから覗いてみてくださいな


起承転結」で気持ちよくオチをつけることにこだわる日本人としては、「三コマ」だけで話が成り立つのか?(スッキリとオチがつくのか?)という素朴な疑問がわくでしょう。いくつかをピックアップしてしか読んだことのない私の個人的主観にもとづく率直な印象を答えると、話によりますがだいたい「起承結」構成なので、いつもど〜も話が先に伸びずして(意外性のないまま)こじんまり終わっちゃうもどかしさに駆られます。。。そもそも全長が3/4なんだから、当たり前なんですけど。
一方でときどき、「起結<起+結>」という前衛的なストーリー構成の話にも出くわします。ふたコマ目にして問答が落着して、最後のコマで、それまでと全然つながりのない、新たなクスっとくるやりとりが吹き出し一個ずつでなされて終わり…という……このタイプを読んだあとの、え!!という複雑な心境ったらないです(笑)

ティミいわく、V&Wのストーリー構成は、二人の日常を部分的に切り取っただけのものだから実際どうでもよくて、とにかくひとコマひとコマで二人の問答が楽しければそれでいい、のだそうな。なのでどうも、まず私の着眼点を改めないといけないようですな。



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さて、こちらはシュンノヴェ蔵書のなかでも一番古くに出版されている漫画作品、

Keiku ja Kaiku(ケイクとカイク)
/Asumo Aiho, Mika Waitari


です。白い鶏ケイクと黒い鶏カイク、そして友達子豚のポッスが主人公の、1ページで1話が完結するユーモラス漫画です。初版発行はなんと1933年(漫画のスタートはその一年前ごろらしい)。1930年代と言えば、すでにロシアからの独立を果たしていたものの、国内ではソビエトの政治的影響力が再び強まり、世界情勢も不穏であったころ。そのような時期に、こんな暢気でかわいらしい漫画が発刊されていたなんて、いつ何時も人間が朗らかにたくましく生きていくにはユーモアが大事なんだということの証でしょうか。ちなみに日本の1930年代は、かの「のらくろ」が発刊されベストセラーを誇っていた時代のようです。


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漫画といっても、見てのとおり登場人物(人じゃないというツッコミはなしで)の会話が吹き出しに書かれているわけではなく、各コマの絵の下に、その状況描写文が書かれているというものです。どちらかというと、絵本をページ内で一気に読みすすめている感じ?

さらにそれぞれのストーリーには、シンプルな「教訓」や「経験」が含まれていて(フィン語ではそれを「コンサバティブな世界観」を説明していた)、ちょうど日本の「昔話」的な要素を持ち合わせているのかもしれません。だから、子供への読み聞かせも推奨されていたのだとか(そもそものターゲット層がはっきりわかりませんが、シュンノヴェさんいわく大人も子供もみんな読んでたとのこと)。本の一番最後の話は、クリスマスのための食事の買出しから帰るケイクが、道中に出会ったお腹を空かせた老人や小鳥に同情してつい食べ物をぜんぶあげちゃって他の二人に呆れられるものの、まあクリスマスは食べ物より雰囲気だよね、と三人(いや三匹)で部屋で輪になって踊ってめでたしめでたち、というもの。ね、なんか情操教育絵本や伝承昔話にありそうでしょ。

あまりにシンプルな線描画ながら、くちばしのカーブや眉毛を変化させることで、コマによって登場動物の表情がなかなか多彩に描かれているのが興味深いです。



もう何作品か、紹介したい歴代漫画があるのですが、長くなりそうなので今日はこのへんで。近々後編をお楽しみに〜


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今日はひさしぶりに本格的な雨&雷のヘルシンキ。
植物にも人にも、たまにはこんな日が必要ですな〜

posted by こばやし あやな at 18:26| Comment(2) | Suomi×文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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