2015年03月17日

名前がかぶりすぎてて困る件

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最近とにかく公私ともに新しい人との出会いやメールのやりとりが多く、フィンランド人だけでも一日に十人以上の別人物にメールを返すこともざらなのです。。が、なぜか揃いに揃って同名あるいは似た名前の人が多い!!!ただでさえ別案件を複数さばき続けるだけでも頭がこんがらがりそうになるのに、こうも名前が似通っていると頭のなかでも各案件ごとの切り替えがしにくく、もう涙目状態です。
特に偏っているのがHで始まる女性たちの名前連鎖現象。ハンナ(多数)、ハンナ=マリ、ハンネレ、ヘンナ(多数)、ハンヌ、ハンネ、アンネ、アンナ…
フィンランドではたとえばメールの出だしを、よほど堅苦しさを強調したいとき以外は苗字でなく名前で切りだすのですが、これならまだかぶる確率の低い苗字で呼び分けたほうが頭の整理もつくというもの…でも、コミュニケーション上は苗字はあまり表立ってこないのが現実。
男性名バージョンだと、最近コンタクトをとっている人の中でユッカorペッカ率の高過ぎること!!ええとあのマネージャーはユッカだっけ、ペッカのほうだっけ…つい一瞬迷ってしまうと、そのままうっかり間違って呼んだり書いたりしそうで、ユッカorペッカ認証には常に神経を削らねばなりません。

現代の子どもたちには、日本のキラキラネームとまでは行きませんがそれなりに個性的で斬新な名前が付けられることも多く、バリエーションは確実に増えていると思われますが、いかんせん私の同世代、あるいはその上の世代は、きっとまだ典型的な名前一覧からの無難な名づけが良しとされていたのでしょう。例えばミッコだって、同名の友達や知人の数を数えはじめたら両手でも収まらないくらい身近にありふれているし、女の子だとやはり上で挙げたハンナやアンナなんかはグループに必ず存在してますね。日本のように漢字当てがあればまだ幾分覚えやすいんだろうけどなあ。そんなこんなで、フィンランドに来て、急に名前と顔の一致が難しくなったと感じているのは単なる加齢による記憶力低下だけが理由じゃないはず…(と思うようにしています)。

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今週後半はふたたびマイナス10度超えの寒い日が戻ってくるようですね
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2015年02月07日

フィン語に追い出されたチェコ語

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今晩は、今プラハに留学中の、ミッコの金沢大学留学時代のお友達がフィンランドに遊びに来ていて、うちでプチ・キンダイ同窓会が開かれていました。しょっぱなからまったくの余談ですが、関西人的にキンダイといえばもちろん近大(近畿大学)。ユヴァス大と金沢大学が提携校なので、昨今は金大生のほうが身近ではあるものの、未だ「キンダイ=金大」という変換には慣れません…。
まあそれはともかく、我が家の保存キノココレクションから今回はイソハペロとスッピロバハベロを調合して、みんなでキノコパイを焼いたり、チェコビールとロンケロを飲んだり、そして恒例ボードゲーム大会…と結構久しぶりに社交的な夜を楽しみました。昨年はもっと頻繁に、少なくとも花金や週末は必ずと言っていいほどうちか誰かの家でパーティ三昧でしたが、今年に入って週末といえども不本意ながら忙殺モードで、なかなかこうした楽しいことに加われなくなってしまっています。論文&バイト漬けですっかりお疲れ気味のミッコも、旧友に会って、久しぶりに来客のために料理の腕もふるうことができて、久しぶりにリラックスモードでした。まあ彼はまた明日の朝4時から除雪バイトらしいですが…

チェコからのお客様ということで、酒のおつまみを入れてやっと日の目を見ることができた、写真の見事なボヘミアンガラスの器。私が旧ヘルシンキ工科大学に留学中に一番仲の良かったチェコ人のミヒャエラが、結婚祝いにと先月突然に送り届けてくれたものです。レース編みのように繊細な模様が丁寧に刻まれていて、歴史ある国の由緒ある伝統工芸品らしい、不朽の綺羅びやかさや威厳が感じられます。机に落ちる影も素敵。きっと実際にチェコでも、結婚カップルにはこういう確かな工芸品を贈るのが習わしだったりするのでしょう。

チェコには、一人東欧周遊したときをはじめ、親友ミヒャエラに会いに行ったり、ピルゼンに住む音楽の恩師に会いに行ったり、なんだかんだで複数回足を運んでいます。そして実は大学学部時代に1年だけチェコ語を勉強していた時期がありました。それはまだ自分がフィン語はおろかフィンランドという国にすら出会っていないときで、第◎外国語…という扱いではなく文学部が開講するヨーロッパ諸語、という選択科目がその年にたまたまチェコ語で、単純にその時ドボルザークの7番をオケでやってたので、ちょっくら彼の祖国の言葉でもひやかしてみるか〜という軽い気持ちで受講登録しました。でも言語自体とも、それを教えてくれてた先生とも正直ぜんっぜん相性が良くなくて…ほかのどの科目よりも苦戦した記憶しか残っていません。
フィンランド語という文法こそいささか複雑だけど日本語と同じ膠着言語で、しかも表記法も発音体系も極めてシンプルな言語に馴染んだ今、改めて好き勝手言わせていただくと、チェコ語はとにかく母音や子音の数がおおすぎる(ハーチェクやチャールカと呼ばれる符号がアルファベットにつくたび音が変わります)!しかも一単語に子音が並びすぎてて、正直に発音しようとすると口が歪む!(例:アイスクリーム:zmrzlina…5連続子音!)それからこれはスラブ語共通の特徴ですが、数が1のときと2〜4のときと5以上で後に来る名詞の語尾変化が違うというミステリー。あと、完了体・不完了体の概念(同じ現在形でも「読む」と「読んでしまう」のニュアンスの違い…みたいな話だったかな?)。
正直、先生も各変化などをいちいちお経のように唱えて覚えこませようとするあまり気の利いた教え方をしてくれなかったので、いまいち楽しさや上達の充実感を味わえないまま、最終試験のシーズンを迎えました。が、なんと試験当日、私はインフルエンザにかかって欠席するはめに…テストに受かる自信はまったくなかったけど、でもここで脱落するのもまた屈辱でした。だって、1年つづきのこのクラスで、最初は30名ほど受講者いたはずなのに、結局最後の授業まで添い遂げたのは、自分を含めたった3,4名だったから(苦笑)ベッドの上から先生に追試可能かメールを送ってみたところ、「小林さんはこの授業にとどまってくれた数少ない戦士(笑)でしたから…インフルエンザならすぐには登校してこれないでしょうし、特別に自宅受験用問題を速達郵送しますので、解答用紙をファックスで送ってください」という前代未聞の代替措置が施されることに。
70点くらいを目指してちょいちょい−…とテキストを繰りつつ(笑)、なんとか回答をファックスで先生の自宅に流し、後日目論見通り「良(70点代)」を頂いて、ようやく一年のチェコ語地獄から開放されましたとさ。以後のチェコ語遍歴は旅行会話に毛が生えた程度のチェコ語を現地でちょっと試してみて通じたらほくそ笑む程度で、ミヒャエラとももちろん終始英語で喋ってました。

そもそも大学時代は、特に私の学科は院試の段階で英語以外にもう一カ国語(ドイツかフランス)必要だった上、文献講読レベルでドイツ&フランスの院試選択科目でない方も(これはゼミの先輩の特別授業を受けさせられる)、さらに余力があればラテン語推奨…と語学勉強に関しては結構ムチャを押し付けられていました。だから逆に新しい言語を勉強し始めることへのアレルギーはあまりなく、また複数あれこれやりだすと、どの言語を学ぶにせよひとまずこの概念や文法を押さえていけばなんとかなる…というノウハウも体得できるので、二十歳越えてから、いまさらだけどフィン語頑張ってみるかー、と思い立って行動に踏みきれたのも、そのおかげというべきかも。ただフィン語に取り組み始めたタイミングで、フラ語ラテ語チェコ語はおろか、院試に向けて必死こいて勉強したはずのドイツ語もぜーんぶ見事記憶庫の外に追い出されちゃいましたけどね。。。

これからまた何か真新しい言語を勉強したいという意欲は今のところ起きる気配もないし、今後もフィン語英語を一生勉強!が無難じゃないかと思ってるのですが、いっぽうで気が向いたらフィンランドの第二公用語のスウェーデン語くらいはかじって損はないのかなあ、とも。実際大学に長く居てフィン語はとりあえずどうにかなる外国人留学生たちの中でも、そのまま次はスウェーデン語の習得を目指す人も少なくありません。私がもしスウェーデン語できたら、家の中での共通言語も4ヶ国語にアップするし楽しいかも?
ちなみにスウェーデン語というものをいまのところまったく体系的に捕らえたことのない私の脳と耳によって、電車のアナウンスなどで繰り返し聞いているスウェーデン語スピーチを、聞きよう聞きまねでたまにフィン人の前で披露すると大ウケしてもらえます。意味や文法を理解していない者の鳥の鳴き真似同然だからこその面白さが、なにかあるんでしょうなあ。

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今日は久々に真っ青な空を見られて気分上々
posted by こばやし あやな at 08:49| Comment(0) | フィン語奮闘記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月22日

第二言語話者のほうがよく知ってる文法

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ひゃーーさむいさむいさむい。下校時刻なんぞ、体感気温計はマイナス10度を下回っておりました。。街もほんのり雪化粧。冬がいよいよやって来ましたな。

今日ゼミの部屋に入るなり、マリアとテルヒが「アヤナーーー!"Kaksi lasta(数詞+単数分格の名詞)"のあとって、juoksee(三人称単数動詞)だっけ?それともjuoksevat(三人称複数動詞)だっけ?」とにじり寄ってきました。
最初、私のフィン語文法習熟度を試されてるだけかと思ったけど、どうやら二人とも、というかその教室に来てたネイティブたち全員マジで答えに自信がなかったらしい。。。私の教科書通りの回答を聞いて、「やっぱり文法を聞くべきは第二言語としてのフィンランド語スピーカーね!!!」と全員にんまり。そしてその後もここぞとばかりに母国語のあやふやな文法の質問ラッシュ!

はい、この例からもわかるように、フィンランド語学習者のみなさん、「(先生以外の)フィンランド人にフィンランド語文法の教えを請うてはいけません!!

これはもう経験上強く強く思うことです。前にも日記でまったく同じことをすでにグチった記憶がありますが、何語を喋る人にせよ母国語の(客観的、体系的な)文法理解度なんてたかが知れているとは思うけれど、はっきり言ってフィンランド人の、自分の母国語に対する客観的知識の乏しさ、さらには正しい文法に対する判定能力の乏しさは、申し訳ないけど呆れるレベルだと思います…。そこそこ優秀な大学の文学部の院生でもこんな感じですからね。。

そもそもフィンランド語では、本来正しいと定められている文法を、実際の会話で根本的に覆して使うのがむしろ普通…というケースが少なくないのが、この場合やはりよろしくない。日本のら抜き言葉みたいに、常識人なら本来いけないと分かっててつい…という罪悪感をともなった事象ではなく、それが口語の世界で常識化してしまっている、というレベルなのが、なんとも第二言語学習者泣かせ。。。たとえばHeのあとは-vatの語尾変化をさせた三人称複数動詞が来ますよ…て、こんなのまさに机上でのお話。口語ではだれもvatなんていちいち付けてないし、それどころかHeは人であってもNeを使うのが現実(文章を書くときはもちろん駄目ですよ)。ひと通り「正しい文法」を説明した後に、この世知辛い現実を我々につきつける時のフィン語の先生たちの眼の泳ぎっぷりが毎度切なかった。。
ついでにいうとフィンランド語文法って、規則に突っ込みどころのない、美しく整いきった文法体系に基づく日本語を母国語としている私たちから言わせると、やっぱりところどころ不完全さや破綻箇所が際立つ。だからネイティブでも冒頭のような確証を持てない文法事項がぽろぽろ出てきてしまうのは、仕方ないんだろうなあ…。

まあでも、そういう事情はもちろんあるにしても、自国の文化の嗜みのひとつとして、やっぱり母国語の基本文法の体系だった理解は蓄えておくべきじゃないかな、というのが私の持論。第二言語としての学習者の素朴な質問にある程度寄り添ってあげられるくらいには。多分こういう考えに至ってしまうのは、私自身中学時代そして高校時代にそれぞれ出会った、クセの強い国語の先生方から受けた影響が大きい。どちらの先生も、現代文にせよ古文にせよ、文を構成する品詞ひとつひとつを数式のようにすべて品詞分解することを学生に徹底させた。「言葉の表現というのは、文法という司法に基づくかぎり、どこまでも自由だ」と先生はよくおっしゃっていた。母国語なんてのは、実際は文法や活用のことなど意識しなくたって当たり前に喋れるし書けるし、正しいかどうかの判断はできる。けれど例えばこの品詞分解トレーニングによって、自分たちが何気なくしゃべっている言語には、確固たるルール、見事な規則、(ほぼ)例外ない法則がある…ということを実感させられたとき、まだ義務教育中の私でもその端正さに単純に感動して、日本語ってすごい!!!と誇らしく思えた。書道や文学みたいに、文法というのも自分たちの立派な文化のひとつなのだと。
そういう観点から、フィンランドに限らずどこでも、もう少し国語の時間に文法という世界の客観的学習に時間を割いてもいいのでは?と思うのですがねえ。

逆に(とりわけ日本で)フィン会話を学習中の方は、本に載っている文法一辺倒で勉強していると、いざフィンランド人の輪のなかに飛び込んだ時にギャップに打ちのめされる可能性が高いので、在日フィンランド人やスカイプフレンドなどをどうにかして一人見つけて、会話練習につきあってもらったり、テキスト見せながら「実際はこう言う」情報を引き出すことを強くおすすめします!

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今週まだまだ気温は下がり調子…


posted by こばやし あやな at 05:59| Comment(0) | フィン語奮闘記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月15日

新苗字はスウェーデン語?

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大学図書館の自習スペースの窓より。秋深し、ですなあ。これを撮った直後に落ち葉のバキューム作業が始まって、まもなく地面が青い芝生になおっていましたが。

火曜日は修論ゼミがあり、毎週ドキドキ、というかビクビクしながら午後を迎えます。今日はさらに事前に教授との個人面談もあり、やれ出張だの入籍だのどたばたしていた先週から、なかなか気を抜くタイミングが訪れません(苦笑)

大学事務や教授には昨日苗字変更のお知らせを送って手続きしたのですが、今日配られた今後の予定リストなどはもうすでにちゃんと新苗字に変えてくださっていて、ありがたいこと。ゼミの最初にも先生から報告いただき、皆さんの祝福を受けました。ところでうちの教授はそもそもトーヴェ・ヤンソンなどと同じスウェーデン語系フィンランド人(スウェーデン語が母語のフィンランド人)で、大学のときはフィンランド語で課程を修めたそう。ちなみに彼女の一家は由緒ある学者家系で知られ、もう他界されたお父上もかなり有名な政治学者さんだったとか。その彼女が私の新苗字をさらりと読んだとき、それがあまりに我々が普段発音している感じと違いすぎていて、一瞬アレ私のこと?と戸惑ってしまいました。。

というのも、私の新苗字、表記自体はスウェーデン語なんですよ(読み方やアクセントはあくまでフィン語流なので、教授のネイティブな読み方とのギャップがすごかったのです)。といっても相方の家系は教授のようにスウェーデン語系というわけではありません。今日のフィンランド人の苗字をざっと眺めていると、10パーセントくらいは、明らかにフィンランド語じゃないなという綴りのタイプが見つかります。どうしてこういうことが起こるかといえば、そもそも1800年代後半までは、かつてのスウェーデン支配の名残でフィンランド人の多くがまだスウェーデン語苗字を名乗っていたのです。ところがその後、民族独立意識に煽られてか、自分の家系の受け継いできた苗字を意味そのままに「フィンランド語化」してコロっと改姓するのが一大ブームとなったのそう!!つまり、今日明らかなフィンランド語感の苗字を持っている人たちも、その2,3世代前のご先祖様がブームに乗っかってスウェーデン語姓から改姓していた可能性がある、というわけですね。で、頑なに?従来のスウェ語を守った一部の先祖の孫の孫が、今もスウェ語苗字を受け継いでいる、と。

私の新苗字は、もしフィンランド語化するならSuolahtiとなるそうで、さすれば意味は「沼湾文菜」てとこですな(笑)実際、改姓済みのSuolahtiさんもこれまで何人か出会ったことがあります。wikiによると、先祖には1800年代までは牧師が、それ以降は学者&文化人が多い家系だったようですね。
wikiのこちらのページには、代表姓のスウェ語・フィン語互換表まであって、それぞれの改正年や改姓を始めた人物の名前まで明記されています。
なかには、スウェ語のあとにフィン語をくっつけたバージョンの新苗字を編み出す人もいたそうで、前々からなんでこんなでこぼこな苗字なんや?と違和感を持っていたかの国民的芸術家、アクセリ・ガッレン=カッレラ(Akseli Gallen-Kallela)もまさにこのタイプだったみたい(というか彼自身が改姓したらしい)。

今現在のフィンランドでは、さすがこんなふうに自由に改姓することはできないけれど、例えば結婚後の新苗字の選択肢はあきれるほどバリエーション豊富。もちろん夫婦別姓や、夫が妻の苗字を名乗ることだってOKだし、よくあるのは(今やちょっと古い女性のやり方というイメージがあるけど)夫の苗字と妻の苗字をハイフンでくっつけてクリエイトされた長い新苗字。この意味では、現代でも全く新しい苗字を創造することだって可能なのですよね。こういう歴史からも、「代々受け継がれてきた苗字」みたいな執着はフィンランドでは極めて薄いですな。

最後に、これはフィン語学習者にしかわからん話ですが…ワタクシ、入籍直後まで、自分の新苗字の語尾活用間違って使ってました。。。パルティティーヴィやイッラティーヴィあたり…。「だってほら、人の苗字ってあんまり活用させる機会ないし、馴染みないスウェーデン語系だからさあ」というのが、言い訳でも何でもなく事実なんですが、そもそも人名だって助詞を付けた時点で容赦なく活用が発生するフィンランド語、やはり恐るべし。。

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あら、気づけばこんな時間

posted by こばやし あやな at 08:38| Comment(2) | フィン語奮闘記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月30日

バルト海沿岸諸語の意外な関係

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今朝起きてメールボックスを開けたら、ずっと返事がいただけずやきもきしていた各方面からの返信がどどっと届いていて、嬉しい半面スケジュール調整と返信に大奔走。でも、これで週末を迎えるにあたって多少ほっとできそうです。そのあとは急いで税務局に駆け込み用を済ませて、週末に書き上げなければならない記事のための文献探しに図書館へ。なかなかニッチな調べ物だったので、それらしい本を当たっては砕け…の繰り返しでしたが、閉館直前に開いた本でようやく欲しい情報にドンピシャヒット!やはりこの快感あっての、書き物屋ですよねえ。もちろん、直接トピックにかすらなかった本の中でも、たまたまうちの教授が書いているコラムを引き当てたり、面白そうでつい目を通してしまう誘惑トピックも多くて、そんな迷走時間も(我に返って時計見て悔やむ瞬間は往々にあるにせよ)また人生の本筋から離れたところでの愉しい小径散策みたいなもの。

その寄り道中に見つけた、ザ本日の知の収穫は、もう二年以上前に綴っていた「Maaliskuu-〈3月〉に隠された意味」というお題の日記の続編(番外編?)になりそうな小ネタ。フィンランド語の3月を意味するmaaliskuuという言葉は、他の月名に対して一番意味や語源が曖昧らしい…という話題から、wikiに見つけた意味深な語源のひとつを紹介した、まあ読み返してみてもなんともオドロオドロしい日記です。。。興味のある方はまずあちらからお読みください。

maaliskuuをめぐって今日仕入れた新情報というのは…そもそもまず、フィンランド語の、殊に自然に関係する言葉というのはオリジナル言語が多いとよく言うけれど、実はバルト語族の古い言葉から影響を受けたり借りてきて訛った言語が少なくない、ということ(フィンランド語は、エストニア語やハンガリー語が同族とされる「フィン・ウラル語族」の一派であり、バルト語族ではありませんし、欧州といえばのインド・ヨーロッパ語族にも属していません)。

バルト語派というものの存在自体に、恥ずかしながら私はえっ!となったのですが(これに属すラトビア語やリトアニア語は、てっきりスラブ語系だと思い込んでいたので)、バルト語系って、実はインド・ヨーロッパ語族のなかでももっとも古い歴史をもつ言語族のひとつで、かつてはもっと細分化されたさまざまなバルト語族の言語が存在したそうです。現存するのは、やはりラトビア語とリトアニア語くらい。私がスラブ語と決めつけていたのも無理はなく、バルト語はロシア語を始めとするスラブ語ともともとかなり親しい関係にあり、さらに歴史のなかでスラブ色に塗り替えられてしまった部分も多いようです。事実、その強大国や語族に囲まれた土地柄、これまでいくつものバルト語族が淘汰され死語となってきたみたいですし。

こうしたフィン・ウラル語族(フィン語・エストニア語チーム)と、そこに影響を与えたとされるバルト語族(エストニア語・リトアニア語チーム)との間になんらかの相互性の見られる単語のひとつが、sula。
まず、エストニア語でsulaは樹液。そしてラトビア語ではsula=ジュース。
フィンランド語でsulaは、「溶けた、液状化した」の意味で、エストニア語でもほぼ同じ意味。

おお、なんとなく関連性が見えるような!

いっぽう、フィンランド語で「樹液」はmahla。ところがエストニア語ではmahlで「ジュース」の意だそう。
この「ジュースか樹液か?」の対応にも、先に述べたフィンランドとリトアニアの相互性が介在してると言えるのかしら?

ともあれこのmahla(mahl)とsulaという、子音が異なるため別物に聞こえる両語も、元はやはり同類だった説は濃厚なようで、その根拠は、エストニア語の古い月(暦)の呼び方に残っているそうです。エストニア語名で、4月は、mahlakuuまたはsulakuuとも言われるんですって。つまり、「雪解けの月」という意が込められていたわけです。

そして、ようやく本題に帰結するのですが、フィンランド語のmaaliskuuも、ひと月違いではあるけど、このエストニア語のmahlakuuに影響を受けて訛ったのでは?という説があるらしい。wikiにも一応言及はされてます。以前の日記に書いたように、maaの部分は「地面」の意味なので、雪が溶けて大地が見えてくる…という解釈が幾分わかりやすく有力なんだけど、「(雪が)溶ける」がルーツにあると考えられるmahla語源説も、なるほど悪くない気もする。


…んん、図書館でざっくりフィンランド語で読み流してた時は「おおお!!」と、なんかもうちょい感動したはずなんですが、改めて日本語で整理してみたら、結局うまく着地できてるようでふわふわしたままのような…ちょっともどかしさの残る例、って気もしてきましたね、コレ(笑)まあでも、こういう確固たることのわからなさや不純さが、いろんな方向からの風に吹かれつつ、マイペースに文化や言語を獲得していった謎多き北欧らしい、のかもしれませんな。

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週末くらいはいい天気になるといいな。

posted by こばやし あやな at 08:27| Comment(0) | フィン語奮闘記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月19日

ゲーム・ジャパニーズ

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今日も終日雪が降るわ降るわ(写真は先日のラップランドのですが…)。どこもかしこもすっかり冬景色に逆戻り。やっぱり空も、さすがに今冬の降雪量じゃ物足りなかったんでしょうな。。

さて今日、ちょっと新鮮なバイトに赴いてきました。友人の頼みで、ユヴァスキュラにオフィスをもつアプリゲームの開発会社に呼ばれ、試作段階のアプリ日本語版を実際にひと通り操作して、日本語訳に誤りや不自然さがないかチェック・校正するという新手の翻訳・校正業。日本語訳は、事前に翻訳代行会社に英語版のテクストをひと通り渡して和訳してもらったものが、そのまま打ち込まれているようなのですが、正直、しょっぱなから愕然とするような不自然さのオンパレードで…。なんというか、ちっともゲームっぽくない言葉のチョイスばかり(笑)そりゃあ訳者も実際のゲーム画面を見たわけじゃないなら、ある程度仕方ないのだろうか。それにしても、訳しにくい言葉があるたび難解熟語かカタカナ英語に逃げすぎです…

とはいえ私自身もそんなにゲームをやるほうじゃないから、とっさに気の利いた言い回しに変換していく感触をつかむまでには、始めなかなか時間を要してしまいました。いっぽう、やればやるほどうんざりしてくる、日本語という言語の特殊さというか多岐性というか…フィン語や英語ではポンとシンプルに言い切れる表現も、ゲームという特殊世界では、結果常に何かしらの(ときに突拍子もない)不本意な意訳に頼らざるを得ないのが、はがゆい…。

ともかく、社員さん二人とああだこうだディスカッションと修正を繰り返すうち予想外に長丁場になってしまったもので、途中何度もコーヒー入れなおしてくれたり、アイス買ってきてくれたり、最後には追加報酬で映画無料券4枚もくれたり…。至れり尽くせりの環境下で、なかなか他所でチャンスのない楽しい作業に関われて、職業:文字使いとしての経験値もモチベーションもまた1めもりアップできた半日でした。

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今週はまだまだ忙しい!
posted by こばやし あやな at 07:48| Comment(0) | フィン語奮闘記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月05日

「アンテークシ」の正体

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サンデーモーニングといえば、目覚まし気にせず目が醒めるまで寝てられるこの幸せ。。。のはずが、今朝はまだ夢うつつの至福時間に、突如相方からのスカイプのけたたましい呼出音によって叩き起こされました…これもサマータイム終了の悲しい宿命orz

仕返しってほどじゃーないですが、「ごめん、まだ寝てた。第二彼氏の熊と。」と精一杯の朝ホラを吹いて、ぼっさぼさ頭の自分の代わりにカメラモニターにクマの人形をちらつかせたところ、

「エ、チョ、ホンマニ!?」

「ほんまよーハート(トランプ)(クマを頬にすり寄せる)」

「ヌォーっ En voi antaa anteeksi!!!」



と、ここで一瞬、起き抜けの私の脳内に?マークが。

アンテークシ(anteeksi)というのが、「ごめんなさい」のお決まりフレーズであることは、フィンランド語をちょっとでもかじったことがある方ならだれでもご存知のことと思います。

一方「En voi antaa...」というのは、「…をあげることができない(antaa = give)」という意味。

なので私は、彼の叫んだ台詞を「ぼくが謝るわけにはいかない!」と解釈したのです。


「い、いや別にもちろんそっちが謝る必要はないのよ?挑発したの私やし…」
と首を傾げながらフォローしたところ、相手はやはり「??」といった表情で、

「ぼく、むしろ『ユルシマセン』って言ったつもりなんやけど?」


… ? ? ?


このちぐはぐなやり取りの後、気にもとめることのなかった日常フレーズ「アンテークシ」に関して、私はこれまで、その意味を根本的に勘違いしたまま使い続けていたことがようやく発覚したのです。


アンテークシ=ごめんなさい、すみません。


そこから私は長年、「アンテークシ」を「詫びる気持ち」を表す言葉だと勝手に思い込んでいました。

ところがそれは真逆で、実はアンテークシとは「赦免の気持ち」、すなわち「許し」の代名詞だったのです。

だから人に対してアンテークシと言うことは、「すみません」と謝罪するというより「許してください」と頼んでいた、ということになるわけですね。そういえば確かに、謝意を強調するときには、「Pyydän anteeksi(Pyydänは『私は請う』の意)」とも言いますもんね(それを自分でも時々口にしておきながら、真意に疑問を持ったことはこれまで一度もなかった。。。)。

つまり、ミッコの使った「antaa anteeksi」というフレーズは「許しを与える=forgive」の意味だったというわけです。まったくどうしてこれまで、こんな基本的なことを知らず気づかずコミュニケーションしていたのだろう…

相方のうんちく話によると、もともとこのアンテークシという言葉の完全形は「anteeksianto」で、antoは上述したantaaの名詞形、つまりこの一語にて「許し(を与えること)」という意味を持っていたそうです。
さらにその言葉に、これまた上述したpyydänという動詞をつけて、「Pyydän anteeksiantoasi!!」と言えば、「あなたの許しをいただきとうございます!!(末尾のsiは「あなたの」の意味を持ちます)」という古風かつ究極の謝罪言葉になり、実際現代においてこのフレーズは、政治家や軍の司令塔などが、国家の損益に関わる重大な過ちを犯した時の謝罪会見でくらいしか聞かないのだそうな。ふつうに謝りたいシーンでこれをうっかり使うと、返って「馬鹿にしてる」と思われてしまいそうなので、まあ覚える必要はないでしょう(笑)


よくよく考えてみれば、日本語の「ごめんなさい」だって、漢字で書けば「御免なさい」となるわけで、ルーツはアンテークシとまったく一緒なのですよね。手持ちの語源辞典によると、「御免」は鎌倉時代から使われ始めた言葉だそうで、当初は自分を免じてくれる相手を敬う言い方として用いられていたそうです。それが次第に「許しを求める」決まり文句として定着していき、最終的に自分の無礼を詫びる言葉となっていったのだとか。訪問時の挨拶の「ごめんください」も、やはり許しを請う「御免させてください」の意味が挨拶として使われるようになったのだそうです。

あまりに日常的に使うフレーズは、ついその本意や語源なんぞに気に求めずに口にしてしまうものですが、紐解けばちゃんとこうして歴史と語学勉強の要素が詰まっているものなんですね。いやはや、朝から勉強になりました。

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明日は授業教材として大好きな映画が観られるらしく、今から楽しみ♪



posted by こばやし あやな at 06:05| Comment(0) | フィン語奮闘記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月27日

パソコンに向かってる間に単語を覚えたいあなたへ

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今日は、意を決して初めてのジム通い(といっても大学の無料施設ですが)に行こうと思っていたのに、ひどい雨ですっかり家を出る気が失せて、あっさり明日に持ち越し。

代わりに久々家でくつろぐ時間がどっと手に入ったので、以前から一度作りたいと思いながら、所要時間があまりにかかるのを言い訳になかなか着手できないでいたフィンランド式ロールキャベツに初挑戦しました。フィンのロールキャベツは、プロセスから味付けまで、日本のそれとはだいぶ異なるシロモノです。各方面のレシピを参照しつつ自己流で作ったものの、かなり上手く行ったので、近いうちに枝葉ブログのほうにでもレシピを掲載したいと思います、乞うご期待!


さて、ところで最近、友達のヤーッコに教えてもらって以来私もミッコもハマっているフリーサイトがこちら、

memrise(notメモライズbutメムライズ)
という、世界各国語の単語徹底暗記ツール(懐かしの「単語カード」の英語名にあやかって、フラッシュカード系ソフトと呼ぶらしいですね)。

イギリスの有名な教育啓発グループが開発したツールだそうで、人の暗記力(覚えては、忘れ…することを前提に)のメカニズムやリズムを踏まえて、覚えた単語を長期的に維持し、脳内固定するための復習サイクルの機会を与えてくれる、画期的なツールなんです。



まずはサイトに行って、自分の学びたい言語を選択します(今のところ、なんと200カ国以上がすでに登録されていて、エスペラント語のような人工言語まで存在する!)。

すると次に、その言語で現在運用されているグループ一覧が見られます。例えば英語だと、日常基本単語からTOEFL対策単語までずらりと取り揃えられています。
私はもちろんフィンランド語で。某全国新聞の記事から任意抜粋された単語グループからはじめることにしました。ちなみにこれらは、全部ユーザーが作ってくれている単語集なので、総単語数やレヴェルには差異があったりします。


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このサイトの基本アイデアは、新出単語=一つの花の種、であるということ。まず自分の温室でこの種をどんどん蒔いて(=暗記単語をふやしていく)は、すぐに水をやって成長させて(同じ単語の復習問題を何度か解く)、花を咲かせます(ひとまず記憶完了)。ここまでが、第一ステップ。

こうして育ちきった花は、次に、広い庭に移し替えなければなりません。庭に移すことができるのは、第一ステップで開花してから10時間以上たった花のみ。つまりここからは、長期的暗記のために、すこし間をあけてからふたたび集中的に復習を繰り返し、完全な記憶定着を目指す段階です。まず移し替えのために復習問題を解き、無事庭に移ってからは、定期的に水をやらないと(=復習問題を解く)、ご丁寧に段々しおれてきてしまうシステムになっています。

この、新しい種を育てるプロセスと、庭の花を枯らさないために水をやり続けるプロセスとを組み合わせて、継続的に世話し続けることで、いつの間にか次々に新たな単語が頭のなかに定着する、というわけですね。もちろん過去の進捗を保存して次回続きをやるために、はじめに簡単な個人登録(無料)で、自分のダッシュボードを作ることになります。メールで、そろそろ庭に移しましょうだとか、この花に水をやりましょうとか、律儀に忠告してくれるのですが、うっとうしければメールのブロックもできるようです。私は今のところ馬鹿正直に従うようにしているのですが。

ちなみに復習問題の回答というのは、(例えばフィン語の場合)英単語をフィン語に訳して打ち込む、とか、選択肢から正しいものを選ぶ、といった程度の簡単な記憶確認です。まさに、単語カードをなんども使い込んでいるときに近い、楽な反復法なので、一回あたりたいして時間もかからないし、負担になりません。その日新たに覚える単語の量は、5個単位で自分で調節できます。今日は復習だけでいいや、という日は、種をまかずに水だけやってればいいわけです。

一日のうちに何分かはネットサーフィンのためにパソコンに向かう、という方なら、タイプ練習ゲームと同じくらいの感覚で、起き抜けや休憩時間や寝る前などに、少しずつ継続的に取り組むことが可能だと思います!私は、いつも朝起きたらまずパソコンをつける習慣があるので、最近はネットチェックの前に5分から10分くらい、このトレーニングで頭を起こすようにしています。スマートフォンやタブレットなどでもできるのかな?すみません、やったことないものでちょっとわかりません…。

あと面白い機能として、新出単語には、ユーザーたちが暗記のための語呂合わせや例文なんかを好きに投稿して情報交換できるようになっています。それから、主要言語だと音声再生で発音チェックもできるようになっているみたいです。さらに使いこなせるようになれば、ニーズにあったオリジナル単語集を自分で立ち上げることも可能です。

百聞は一見にしかず、毎日すこしずつでも何かを覚えたい、でもその習慣づくりのきっかけがないままやり過ごしている…という方は、是非一度お試しください!飽きっぽいはずの私のように、意外とハマって、よい習慣づくりができるかもしれませんよ!

ayana@jyväskylä.fi


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追試の勉強するか。。。




posted by こばやし あやな at 01:51| Comment(0) | フィン語奮闘記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月25日

春は恋の季節です。

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日当たりがよく一足先に雪が溶けきった大学キャンパスの一角で、いつの間にやらこんなにしゅっと葉を伸ばし、ふっくらとした蒼いつぼみをもたげてその時を待つ花株に出会いました。もうじき、いったいどんな色姿の花が開くのだろう!

こうして、つい先日まで見渡す限りモノトーンだった世界に、一色一色、新たな色が加わっては彩り豊かになる一方の季節がようやくやって来たかと思うと、なんだかもう胸が弾んでしょうがありません!

ところで、先日鑑賞する機会のあったフィン字幕版「耳をすませば」のどこかのシーンでも使われていた、フィンランドの春によく聞かれる素敵な慣用句をひとつ。

"Kevättä rinnassa(ケヴァッタ リンナッサ)" -胸に春!

まさに春の訪れに躍らされる心の描写ですが、実は春=恋心を暗喩しているとも揺れるハートつまりは、「春は恋の季節」。フィンランド人に一番恋心が芽生えやすいのは、やっぱり「春」なんですって(笑)

ちなみに、次のような戒めの言葉もあります。

"Jos ei ole heilaa helluntaina, ei ole koko kesänä"
―ペンテコステまでに恋人ができなければ、ひと夏中独り身を覚悟せよ。

ペンテコステというのは、五旬節や聖霊降臨祭などとも呼ばれる、毎年5月末(年によっては6月)に定められたキリストの祝祭日なのですが、いわばここまでが「春」すなわち「求愛期間」。フィンカレンダーでは、この時点で恋人をゲットできなければ、寂しい夏を過ごすことになるそうですよ。。。苦笑

ayana@jyväskylä.fi


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ついに週間予報からも氷点下が消えました!!

posted by こばやし あやな at 04:07| Comment(0) | フィン語奮闘記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月13日

鳴き声動詞あれこれ

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最近は、思い出したように名残雪がちらつく日もまだあるものの、日中の気温は氷点下前後まで上がるようになって(つまりいつのまにか太陽が地を温めるくらい高度をあげてきたということ)、春がすぐそこまで近づいてきている気配を感じる瞬間が増えました。

ひとつの大きな変化は、雪に埋もれた凍てつく冬景色のなかでは、姿はときどき見るのに鳴き声を殺しきっていた野鳥たちが、ようやくさかんに鳴き始めたことです。鳥たちが高らかに声をあげるだけで、一気に森に生気が蘇ってきたような気分になりますね。


今日は、その「鳴く」という動詞にまつわる小咄をば。

我々日本人は、人間以外の動物全般の発声に対して、一様に「鳴く」という動詞を用いますが、フィンランド語では、その鳴き声の主によって「鳴く」に相当する動詞が細かく種別化されているのです。これが、めったに使うチャンスはないとはいえ、覚えるのに一苦労…。

以下にざっと例を上げてみたいと思います(※あくまで「鳴き声」の擬声語ではなく「鳴く」に相当する動詞)。

犬…haukkua(ハウックア)

猫…naukua(ナウクア)

ネズミ…vikistä(ヴィキスタ)

牛…ammua(アンムア)

馬…hirnua(ヒルヌア)

トナカイ…rykiä(リュキア)

羊…määkiä(マーキア)

ヤギ…mäkättää(マカッター)

豚…röhkiä(ロホキア)

オオカミ…ulvoa(ウルヴォア)

ライオン…karjua(カルユア)

鳥…laulua(ラウルア)

アヒル…kaakattaa(カーカッター)

にわとり…kotkottaa(コトコッタ―)

カッコウ…kukkua(クックア)

カラス…vaakkua(ヴァークア)

ふくろう…huhuilla(フフイッラ)

蛙…kurnuttaa(クルヌッタ―)

バッタ…sirittää(シリッター)



などなど。

ざっと見る限り、動詞の成り立ちは2タイプ:人間の発声に関する動詞を当てはめているか、ほんとうに鳴き声から動詞を作ってしまったか、です。
例えば、鳥のラウルアは人間の「歌う」という動詞とおなじだし(なんだか詩的!)、犬に使うハウックアも、「吠える」という人間の声の発し方に近いイメージの動詞を流用してある。一方で、カッコウのクックアやにわとりのコトコッタ―なんて、完全に鳴き声の擬声語から作ってしまった動詞であることは一目瞭然ですよね。羊の「マー」キアや牛のア「ンム」アにも、フィンランド人の耳に聞こえる動物たちの鳴き声が含まれているのです。

逆に日本語でこういった「鳴く」動詞が細分化されなかったのは、そもそもオノマトペが発達しているから「●●が☓☓〜と鳴く」と言い表してしまえば事足りるからなのかしら。とにかく徹底的に名前を冠したがるのが日本語なのに、この事実はむしろ不思議に思えてきますね。

ayana@jyväskylä.fi


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ただ今、外の風のうなりがすごい…
posted by こばやし あやな at 07:23| Comment(0) | フィン語奮闘記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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