2011年07月19日

ケミをのぞき見

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カウスティネンの皆さんとお別れしてバスでコッコラまで戻り、そこから電車でひたすら北上、ボスニア湾に面した街、ケミへとやってきました。

連日音楽祭ではしゃぎすぎたからか、電車に揺られている間にどっと疲れが襲ってきて、到着後はふらふらとお宿に一直線。鍵を受け取って、ようやくベッドに倒れ込める〜と最後の気力で部屋の前までたどり着いて鍵をあけたら…

掃除できとらんがな。

前の客の生活感、まんま残ってました。。。
怒り心頭、レセプションまで駆け下りて、不機嫌さをこれでもかと露わにしながらクレーム。しかしおっちゃんはあまり申し訳なさを顔に出さず、さらに私の血圧を上げかけましたが、「スイートルームに空部屋があるので、そちらに泊まっていただいたらいいです」との思わぬ対応。結局ひとりには余りある広々二人部屋にようやく腰を下ろすことができました。

日本の某ラジオの録音を流しながら眠りに落ちたからか、久しぶりに日本の夢を見ました。ええ、意外にも、ほんと久しぶりなのです、日本が舞台の夢(私は起きたときにだいたい夢の細部まで覚えているタチです)。中央線に乗っていて、以前バイトでお世話になった寿司屋の大将とばったり出くわして、聞けば今日は仕事が休みだから釣りに行くと言って先に降りていったりとか、なぜか大学のオケの後輩たちと高円寺の駅前で再会したりとか、なかなか一昔前の現実に近似した、そして誰もが私に対してなんとなくよそよそしい、ちょっとさびしい夢でした。
そんな夢からさめた朝は、やはりどうもノスタルジックな心の重石で少し身体が重たくなります。


ケミの街を歩けたのは、ほんの数時間だけでした。
月曜日のお昼間、こんなにもひとけがないものかというくらい、マーケット広場も、海沿いも、しんと静まり返っていました。

街の教会を訪ねたとき、ガイド役のバッチをつけたおばあちゃんが、ひさしぶりの訪問客にようやく退屈な時間が破られて気が高揚したのか、終始私のそばについて、教会の歴史からこの街の戦争時代のようすまで、休みなく語り続けてくれました。冬戦争の時は、みんな白い服を着て逃げ隠れていたのだそうな。なぜなら、雪と同化して空軍からみつかりにくいから。なるほど。

おばあちゃんが、市庁舎の最上階は無料で上れる展望スペースになっていて安いカフェもあるよと教えてくれたので、さっそく向かいました。おなじ展望施設といっても、云十階の神戸市庁舎とは比べ物にならない13階建ての、最上階。やっぱりそこから見渡せるのは、まったく起伏のないぺたんこの森原と海原でした。あの向こうはもうスウェーデンなんやろうか。


ケミでいちばん楽しかったのは、駅のすぐ横にある大きなキルッピス(リサイクルショップ)。
ええ、もちろんあのケルマケラミーッカの眠れるお宝を発掘するためです。やはり地方のフリマは思わぬ商品が身を潜めているものですな!!この旅でゲットしたものものは、また後日じっくりご紹介いたします〜。


さて、この街に(経由地として)立ち寄った真の目的は、次の日記にて。


ayana@kemi.fi


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カウスティネン日記は、改めて後日公開しますね。



posted by こばやし あやな at 05:55| Comment(0) | Kemi-ケミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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