2011年06月29日

東の空を見上げて

20110628_10.jpg


20110629_9.jpg


20110629_5.jpg


20110629_4.jpg


20110629_7.jpg

昔は、できる限り無人の美しい風景ばかりにシャッターを切っていたものでしたが、ここ最近は、その街に暮らす見知らぬ人々の写り込んだ写真を撮影することが、無意識ながらに増えてきました。

街の美しさや風土性を切り取りたいときに、地面に基礎や根を張った動かぬものたちで形作られたランドスケープも去ることながら、その街に住まい、あるいは訪れ、道行く人たちの何気ない表情や仕草の瞬間性が、何よりもその善し悪しのバロメータとなることに気づき始めたからでしょうか。


(あ、先日パリを訪れたときに撮った、やっぱり主に街行く人にばかりピントのった写真たちをfacebookにどーんと載っけました。アカウントの無い方でもこちらから閲覧できるそうなので、どうぞ遊びにきてくださいね〜)


20110628_2.jpg

とはいえ、写真撮らせてくださいと恣意的に頼みこむわけでもないので、さりげなく、遠方や後方から…というのがせいぜいの、ちょっときわどい隠し撮り道楽。

たまにシャッターを切ったあとで明らかに目がってしまった人が、ニコッとしてくれたらセーフ。ムスっとされたら、頭を下げて潔くその場でデータ削除。そんなんですから、カメラの腕は一向に上がらないし、とても「作品」にはなりえない、ただの記録写真ばかりが量産されていくわけですが…あとでそれらを見返したとき、写真に写る人たちの服の色や表情が、その瞬間に彼らのすぐ近距離で共有していた街並みや大気の色、日差し、音やにおいを、さらにはその当時の自身の心のコンディションや思考までもを、すとんと蘇らせてくれるから不思議です。

何より、人々が楽しそうで幸せそうな表情を浮かべているのは、その街が楽しくで幸せな証。逆は必ずしも真とは言えませんが…。


2011629_8.jpg

夏本番を迎えたオウルの街でも、パリジャンのようにあからさま全身に喜びや幸福感をほとばしらせる人はあまりいないけど、すれ違う楽しげな顔が、やさしい眼が、嬉しそうな背筋が、この機能的な森みたいな大都市がいかに住み良い場所であるかを雄弁に語っていました。


20110629_1.jpg

人との出会いや交流がメインであった前回までの旅から一転して、これといった目的もなかったオウルでの滞在時間は、まさに文字通りのひとり旅でした。この大都会でも、自分のフットワーク如何によっては、きちんと私の眼を見てくれる人との出会いが眠っていたのかもしれませんが、ここでは最後まで、良くも悪くもひとりぼっちに浸っていました。

とても快適だけれど、何一つ自分の好みで揃えたわけでもない家具や雑貨に囲まれた都会のアパートの一室を拠点に、常に一人で街を歩いて、ご飯を食べて、お皿を洗って、はじめての図書館で単語帳やテキストを繰って、ネットやTVにかじりついて、狭い個人サウナでじっと熱波に耐えて…。一日を通して、必要最小限にしか言葉を口にしない奇妙な生活。


一人の時間が続くと、否応なしに、いつもよりも深く掘り下げてものごとを考えはじめます。不安や心配事のレベルが増幅したり、思い出したくないことまで頭に浮かんでこびりついたり、見たくないものにまで視線を投げかけてしまうこともあります。こう見えて、体の一番芯部は根暗な自分は、こういう時間の重要性を実感しつつも、直後は得てして気分が落ち込みがちで、失速してしまいます。

でもまた次の街で、あるいは帰りついたその場所で、思ったことをすぐに口にしては笑いやエネルギーに変えていける人たちに出会えれて動力を取り戻せられたら、そのとき初めて、ここ数日で気を落としてまであれこれ考え悩んだこともまた、適切に私の今後に生かされてゆくのだろうと思います。


20110629_2.jpg

そうそう、震災以降の東京生活でずっと悩まされ続けていた余震過敏症による慢性睡眠不足は、おかげさまでこちらに来てすっかり解消されました。それどころか、中学生ぶりくらいに、毎日だいたい同じ時間に眠くなって同じ時間にすっきり目が覚めるという健全なサイクルを取り戻すことができたので、我ながら驚いています。もう雑誌編集者生活になんて戻れないかな?(笑)できることなら、このサイクルを保持したまま余生を過ごしたいものですが、はたまた…。


20110629_3.jpg

こんなふうに、なんの不安もなく、青い空を一日中見上げて深呼吸できるのはいつぶりだろう、とふと考えていました。

東京でだって、たまにフィンに負けないくらいのこの上なく澄んだ青空が広がる日がありました。そんな日は、朝からこっそり屋上で布団をほして、ひっぱりダコで買ってきたたこ焼きをほおばりながら、せせこましいけど愛おしい高円寺のフラットな街並みや、彼方富士山の雄々しい姿を飽きもせず眺めていたものでした。でも3・11以降、短時間でも外に布団や洗濯物を干すのが不安になってランドリーの乾燥機に並ぶようになり、肌を露出して外を出歩くのも、避けられないけどなんとなく気が引けるようになってしまって。

生命活動に不可欠な食物や空気、汚れたものを洗い流すはずの水が、何よりも汚れているかもしれない…その恐怖心や不信感は、被災地からの距離や実際的な数値レベルの怖さとはまた無関係に、いつまで故郷の多く人の心と体を縛り続けるのでしょうか。

そしてもちろん今もまだ、この青い空の東の果ての大好きな故郷で、数え切れない人の生活が脅かされ、失意のなかにある現実。いっぽうで、震災以来、徐々にその渦中から距離をとってこんなところまで来てしまった自分。もちろん私の人生は、3・11の以前から、この地に向かって流れるベルトコンベアに乗っかってしまっていたのだけれど、それでも、やっぱり、何故いまここに、という疑問は心から片時も離れません。

その感情を、決して自分自身の挑戦を諦める言い訳や一端にだけはしないよう、今日もまた、私のすべきことと出来ることを探しながら、この国のすべてをしっかりと目に焼き付けて笑顔で歩き続け、撮り続け、書き続け、祈り続けます。


にほんブログ村 海外生活ブログ フィンランド情報へ


おかげさまで、早くも上位におります。
皆さまどうもありがとう!


posted by こばやし あやな at 18:00| Comment(0) | Oulu-オウル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オウルの街角で

20110628_1.jpg

あれは、雲の製造工場?


20110628_6.jpg

真っ赤な集合ポストたちが、フィンの夏を告げる摘み頃イチゴのよう



20110628_4.jpg

そこ歩いてて、足の裏痛くないんかしら


20110628_7.jpg

こんな湾のど真ん中で、無人の船はどなたの帰りを待っているのでしょうか?


20110628_8.jpg

あらあらおじいちゃん、買ったばかりのイチゴこぼしちゃった。
(でもすぐに全部拾い集めて笑顔で去ってゆきました)


20110628_9.jpg

これぞ愛すべき合法素っ裸アートの真骨頂。
なんと2人のおっぱいのフォルムまでちがうのだ!


20110628_12.jpg

ビビッドブルーの空に、ダークブルーの車に、ライトブルーの家の壁。こういう色を布地に転写して、新しい部屋のカーテンかソファにしたいな


ayana@oulu.fi


にほんブログ村 海外生活ブログ フィンランド情報へ


みなさん今日もキートスです!


posted by こばやし あやな at 01:02| Comment(0) | Oulu-オウル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。