2011年06月16日

Mercy FRANCE! Terve SUOMI!

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さいごの、ボンジュール!はやいもので、ただ今4日ぶりのシャルルドゴール空港にて、いよいよフィンランド行きフライトの搭乗待ちです。いやはや満を持しての海外旅行にしてはもったいないくらい、平凡に贅沢に、のんびりと、つかの間の流浪生活に身をゆだねたパリ滞在でした。

そんな短い滞在中の出来事や印象で、書き留めておきたいなあと思うことのスレッドだけ先にまとめて作っておきました。中身充填はまあそのうちに…。

フランスを出てしまう前に、この4日間、突然の居候を受け入れてくれた私の幼馴染、川久保とのことを少しだけ。幼馴染といっても、たかだか自分が小5のときに神戸に転校してきて以来の付き合いなんですが、一見タイプや所属コミュニティ(彼女はいわゆる「中学のときイケてるグループ」に属していた奴、私はだいたいいつもイケてるとイケてないの折衷役)も違う彼女と仲良くなったきっかけは、ただたまたま越してきた家が近かったから…やったのでしょうか。
そのはじまりは今となってはよく覚えてませんが、いつの間にか放課後はだいたいどっちかの家に押しかける仲になっていて、何故か当初から、一切JS(近頃女子小学生のことをこう呼ぶらしいっすね)の可愛げなく、互いの苗字を呼び捨てするのが定着していたので、その呼び方は今にまで引きずっています。

漢字の宿題でくだらない用例文ばっか考えて腹よじれるくらい笑ったり、互いのスタイリストごっこやってみたり、まぁちょっぴりませた悪事もはたらいたり…今現在の私の「くだらないことに命をかける人生」の一番の土台を築いているのが、彼女とつるんでいた日々なんかもしれません。でも一番思い出の核をなしているのは、(いずれうちの妹もどっぷりお世話になる)近所のコンクール向け名物先生に従いて、当日から抜群の腕前を発揮していた川久保のピアノを、広い部屋のグランドピアノの横で惚れ惚れしながら聴かせてもらったり、一緒に合唱コンクールの伴奏の練習や録音したりした、音楽ありきの交流だったはずです。川久保はその後音楽科のある高校へ、かろうじてお気楽ピアノを続けていただけの私は普通科の高校でオーケストラやヴィオラに出会い、ジャンルも本気度もますます枝分かれしながら、さらに大学以降は住む街も離れたため、以来会うどころか連絡をとることもなく(卒業当時は携帯もなかったわけで)、長い歳月が過ぎていったのでした。

そんな川久保との交信が再開したのは、月並みだけどミクシィやfacebookなどのSNSパワーによるもので、その頃には私はフィンランドに、彼女はまもなくピアノ留学でフランスに、なんてことになってて、次はほんまにヨーロッパで再会になるかもな、なんて驚きをもって話してたのですが。
で、今回実際に、かつて100歩もいらないところに住んでて毎日のように互いの家に通い合っていた彼女と何万キロも移動して行き着いたパリで再会して、しかも優雅にお酒で乾杯だなんて、ワインを一口含んだ瞬間、そりゃもう思わず二人ともケタケタと笑いが止まらなくなってしまうというね。ちょっとした仕草や発言から、昔からの互いの細かい癖や性分が相変わらずであることを次々に確認する反面、当時はどっちもそうでなかったのに、何故か二人とも各々のその後の人生の路傍でカエル好きになっていたりとか、片方だけがマヨネーズ食べれるようになってたりだとか、新たな類似性、相反性も発覚したりで、とにかくおもろいのです。

私の帰国と入れ違いで、音楽という共通言語だけを引っさげて右も左も分からぬままフランスに特攻していった彼女は、当初「音楽家は耳がいいから語学堪能って誰が決めたんや!」とわめいていた覚えがあるけど、なんてことはない、今やそりゃもう隣人とペラペラ会話し、ロマンスをつくり、バイト先の客人と立派に口喧嘩するまでに生活言語をモノにしておりました。やっぱすげえわ。
それにもちろん彼女の目的はそこではなく、私には到底マネできない過酷な音楽苦学生生活のなかで、死にものぐるいで自分の技能や精神と戦っていて。
今回も、週末の室内楽コンサートに月末の修了ソロリサイタルと激務が立て込むなか、申し訳なくも寝床を提供してもらっていたもので、もちろん日中は私が街をふらついてる間にピアノまたピアノ(そしてバイト)。ちなみに彼女はコンセルバドワールの学生寮に住んでるのですが、朝になると敷地内の各部屋から一斉にいろんな楽器の必死の音が聴こえてきて、大学のサークル棟に寝泊りしてるようやった(笑)

そんななかで、朝食と夕食、そして晩酌タイムだけは、ゆっくりと10年以上も前の思い出話に花を咲かせたり、相変わらずの恋バナしたり、いい年して夢捨てれず生き方を定められない者同士の不安や苦痛を吐露しあったり…ここが遠い異国の一角であることを忘れて、むしろ小学生の一大イベント「お泊り会」を彷彿とさせる穏やかな時間を共有できて、なんだかんだでそれがパリ訪問の一番の心の収穫やったかなと思います。

ある日には、同じ寮内に住む作曲科の日本人のお友達も遊びにきていて、彼女もまたとても面白く魅力的な人で、やっぱり将来を暗中模索していて…悩めるアラサー女三人の女子会は、ときにため息の掛け合いっこみたいやったけど、そうやって今は答えのでやしないことを愚痴愚痴言いながら、互いの思想に絡めて解きほぐそうとしているだけで、少しばかり、現実へのいらだちや今後への不安が軽くなったように感じました。



かわくぼー、ほんま今回はありがとう。今このタイミングで再会できて、ほんまよかった。大好きなこと故のイバラの道を進んだ者同士、これからもどこまでも悩みや自戒のつきない人生がまっているんやろうけど、好きなことができる恵まれた環境の限界より先に、気持ちで負けないように、ぼちぼちと頑張っていきましょね。
リサイタルの成功(乗り切り?)を前よりちょっと近い場所から応援しとります!

次は不フィンランドで会おう〜


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さ、それではそろそろ行きましょか、大好きな第二の故郷へ。



posted by こばやし あやな at 22:44| Comment(2) | Ranska-フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パリ管×イヴ・ティボーデ×山田和樹

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MERCREDI 15 JUIN - SALLE PLEYEL - 20H
Direction Kazuki Yamada
Piano Jean-Yves Thibaudet
Orchestre de Paris

Mikhail Glinka
Russlan et Ludmilla - Ouverture

Aram Khachaturian
Concerto pour piano

Piotr Ilitch Tchaïkovski
Symphonie n°6 ≪ pathétique ≫



一応しがないビオラ弾きを10年あまり続けているので、興味薄い人も多いでしょうが音楽鑑賞のお話にお付き合いください。
実は、日本を出るまでまったくそれどころではなく、パリでの公演スケジュールをチェックしていなかったので、今回のパリでは、もし現地でなにか見つかって当日チケットが取れそうなら…というぐらいのつもりで現地入りしていました。まあそもそも、オケもバレエもぎりぎり夏休みはいってるやろうなという諦めもありつつ。

ところが、初日の夜に川久保に検索してもらったら、運良く最終日の夜にパリ管の公演があって、しかも中プロのハチャリアンのピアノコンツェルトをイヴ=ティボーデが演るというので、これはあ是非ということで、当日券狙いで当日開演一時間前にチケット売り場に突撃しました。
指揮は常任のヤルヴィJr.さんではなく、これまたたまたま、祖国日本から山田和樹さんが来訪とのこと。ごめんなさい、最初名前聞いたときピンとこなかったのですが、、、2年前のブサンソンで見事一位とったお方でしたね。まだ私と5歳しか違わないらしいよ。

で、ちょいと並んで、バルコニー席やけど無事にチケットを入手!当日は売れ残り席を10ユーロにて叩き売り。わずか1200円で、パリ管。アイノラの当日券より安い(苦笑)かつてこの相場に慣れて欧州から帰ってきてからは、ゼロひとつ多くて争奪当たり前の来日公演なんて、まったく足を運ぶ気にならなくなったものです。。。


会場のサル・プレイエルは、とりわけ内装はいたってシンプル。白塗りの壁ですっきりと仕切られていて、欧州名門オケの本拠地にしてはずいぶん飾りっ気がないんやなというのが第一印象でした。 横広でないぶん縦のレンジがありますが、最上階の2階バルコニーまでいくと、もうほとんど天井のレヴェルから彼方舞台を見下ろしているような高さで、ちょっと疎外感がありそう。1階バルコニーも、奥はすぐ頭上に2階バルコニーの床が張り出しているために別空間ぽく感じられて、ちょっと聞きづらそうやな。
というわけで、おさえた席は一階バルコニーの後方だったのですが、余ベルとともに席に不満足な皆さんが空いてる良席に一斉移動を始める波に乗って、頭上のさえぎりがない前方の席へ移動させていただきました。集客は7―8割程度ってところかな。

さて、生では初めてお目にかかるパリ管、おもわず最初に目視してしまったのは、おおーさすがコントラバスは全員揃ってフレンチ・ボウ!てとこ(笑)


挨拶変わりのグリンカの感想は、「はやっ!!」の一言ですわ。この曲って要はスピード競技やもんね。。。そんなに数多く演奏を聞いたことないので最短記録や表現面の幅をよく知りませんが、あのスピードにして、あの無窮動が隅々まで軽やかかつクリアに聞こえてくるのは、もうさすが。終始ちっともしんどそうじゃなくお茶漬けみたいにさらさら流れてたし(あー鮭茶漬け食べたい)、まさにフランス名門のイメージ通り、この手の典型的な常動曲は朝飯前なんでしょうね。逆にいえば、この曲に、とくにそれ以上の印象は残りませんでしたが。


さて本日一番期待を寄せていたハチャリアンのピアコン。イヴ・ティボーデ氏はブラックスーツの中で清楚な白シャツの襟を立てて、いささかはだけた胸元にまばゆく光るネクタイ替わりのペンダント…という、ビジュアルでも期待を裏切らない永遠の貴公子ファッションで颯爽と登場。
実はハチャリアンのコンツェルトなんてこれまで聴いたこともなかったのですが、予想通り「剣の舞」の延長にある“乱舞モノ”とはいえ、なかなか思慮深さや緩急もあって、かなり気に入りました。イヴ・ティボーデは、終始まったく勢いや流れ任せでは弾かず、むしろかなり緻密に計算して一音一音を丁寧にタッチし、指揮者ともたびたびアイコンタクトしてオケとの調和を重視しながら頭と耳で奏でていた…という印象が強く残っています。
だから一曲目のように流れて終わりとは聞こえなくて、表現や緩急にともなう舞台上の緊張感を、こちらも同じように集中して共有できたような満足感がありました。

アンコールには、ショパンの一番有名なノクターンを一曲さらりと。こちらはもう、前半の運動会のようなプログラムですっかり息の上がった観客に、つかの間、魅惑の甘いひと時を…といわんばかりの、ご当地ロマンティック・レガートで魅せておられました。
そのまま、会場全体しっとりモードで休憩時間へ。


後半の目玉であった悲愴は、最初のファゴットが若干音とちったり、単純なとこでのアンサンブルの粗が気になる部分も少なくなかったのですが、速いパッセージや細やかな掛け合いはばしっと真っ向からキメていてかっこよかった。
正直、「悲愴感」漂う「悲愴」では全然なかったです(笑)思い返してみても印象に残っているのは、一楽章第一主題や二楽章の、ありあまる愛情に満ち溢れながらも、どこかに憂いを帯びた、直情的な人間らしい表現。でも私はそれでも全然アリだと思っています。

以前にこのチャイコフスキー交響曲第六番悲愴についてプログラムノートを書かせていただいたことがあるのですが、その時に、そもそも「悲愴」という邦題は適切なのか否か気になり(私は得てして映画でも音楽でもあとづけされた邦題に大いなる懐疑心を懐いてしまう方なので…)、ロシア語の原題やその語源に踏み込んで考察を試みました。

もともとチャイコフスキーが最初にこの曲に冠した副題は、いわゆる「悲愴」にあたる“pessimitic”由来のワードではなく、(もちろんキリル文字のスペリングなど覚えていませんが)「熱情」という意味にあたる言葉だったようです。ただし、彼が個人的にフランス語で書いていた手紙に見られる訳語がpessimitic(の仏語)だったらしく、以来多くの国でその仏語版の対訳があてられるようになって、日本もまた、直接的なロシア語の翻訳ではく、やはりpessimiticの和訳を選んだ、という経緯だったそうな(ちなみにベートーヴェンのほうの悲愴は、本人みずからが仏語で副題としてつけたものです)。

つまりオフィシャルには「熱情」のほうの訳であるべきなんですが、まあ結局どちらもチャイコフスキーから発せられた言葉に違いはないので、どちらがいい悪い、て話は一概にはできません。
でも、この時点で一大ゴシップのつかめなかったひねくれマスコミ根性の私は、じゃあその「熱情」と「悲愴」に相当する単語の共通項はないのか、その交わる先に、この曲に託したチャイコの真意が見えるんじゃないのかと思い、大学図書館で、今度はギリシャ語語源辞典にあたってみたんです。そしたら、ありましたよ、歴とした接点が。
どちらの言葉にも、“Pathos”という言葉が語源になっているらしいのです。苦手だった古典美学業界で避けて通れない観念「パトス」と、まさかこんなところで遭遇するとはね。

パトスとは、ざっくりいえば「感情」を象徴する語です。でもその根本はあくまで「受動性」で、つまり、運命ゆえに抗えない苦悩や悲痛さ…そういう強烈な意味をともなうとされます。だから時には「受難」なんて訳されることもあるのです。自分自身の精神であるはずなのに、自分ではどうすることもできないほど肥大化した感情、情熱、苦しみ。それが、後に翻訳上の問題で枝分かれしてしまったチャイコフスキーの副題への真意に近いのかもしれません。
そんなふうにイメージすれば、一生という限りある時間において、たえずつきまとう運命や抑えきれない感情に抗おうとしながらも、流され、怯え、もがき苦しみ…でもその縛りのなかで精一杯笑って、泣いて、その命をまっとうしていく。「悲愴」という壮大な曲は、まさにそんな誰しもの人生が燃え尽きる瞬間までの縮図のように、聴こえてくるようになりました。

まぁそこまで凄まじい世界観を想像しなくても、仕事に遊びに恋に一生懸命で、でもどんなに楽しくて幸せでも、いつでもほんのちょっぴり欝と不安がつきまとう毎日。そんな日常性に重ねて聴いているだけでも、誰もがふと共感できて活力がもらえる曲なんじゃないかと思っています。

山田さんも、厳格さを求めるシーンではぐっと踏ん張って統制をとっていましたが、上に述べたようなしなやかな泣きのメロディでは、もう完全にオケの色に任せている感があり、総じて余計な考えなしに、この風土とオケだから聴くことのできるこの曲の世界に身を任せて心から楽しむことができました。



…最後の瞬間直前まではね。


ご存知、ラストでコントラバスが、弓の毛一本で曲の息の根を止めてゆく瞬間…まだ指揮者も奏者も、神経何本かは死滅していないんだといわんばかりの最後の生への執着性を全身全霊で表現し続けているその瞬間…




パチパチパチ〜



…嗚呼、冗談でも物書きがこの言葉を安易に使っちゃいけないことを重々承知で、それでもその瞬間の、数人のKYパリジャンに対するホール内の総意をここでぶちまけていいですか?




死ね



あーーーもうっもうっ、あたしゃ前半が終わった時点で、悲愴の終わりが心配でしょうがなかったんだよ。

まだ明らかに舞台上で最後の一音のあとの休符や余韻が音楽のエッジをつくりきらないうちから、我先にと拍手し、ブラヴォーをさけぶパリ人の極度のせっかちさ。。。そもそも老若男女が揃いに揃って赤信号をいっさい無視してるこの都市の民度からして。。。


オケも山田さんも、ほんっまかわいそうやった。つられて拍手する人、それに文句の声を上げる人、で、すっかり空間が混沌となってしまって、結局、肩を落とした指揮者があらためて礼をする瞬間まで、ピアコンの時の半分も拍手がまとまらなかったという。。。ね。ご愁傷さまです。。。



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終演後、パリ最後の思い出の光景として目に焼きつけた凱旋門。


まあそんな感じで後味(だけ)は最っ悪でしたが、久しぶりにして本場での贅沢なコンサート拝聴、大いに楽しませていただきました。次の鑑賞予定は、7月にフィンランドのサヴォンリンナという湖畔の巨大な古城で知られる街で開催される古城オペラ祭で、ドンジョヴァンニを堪能してきます!



posted by こばやし あやな at 08:03| Comment(4) | Ranska-フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パリ時間にパリ感覚

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そのうち更新いたします。
posted by こばやし あやな at 08:01| Comment(0) | Ranska-フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

モンマルトルの裏っかわ

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じきに更新いたします。
posted by こばやし あやな at 07:58| Comment(0) | Ranska-フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月15日

しとろんぷれっせ

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私は決して映画を見るほうではないのですが、あとから購入したDVDさえも手放せない強烈お気に入り映画が何本かあって、そのうちでも一、二位を争う「人生観に影響を受けた名作」が、リチャード・リンクエイター監督の連作After SunsetBefore Sunsetです。第一段の前者はウィーンが舞台、9年後に撮られた後者はパリの街が舞台となっています。
ちなみに、映画は素晴らしいけど邦題がほんとうにひどいので、それは無視しちゃいましょう。




これは後半Before SunsetのほうのPV.

ロケ地に選ばれたあらゆる街並みが、カメラワークが、たった二人の登場役者さんが、何よりストーリー設定が、話を進める二人の人間性と知性が、その交わりと成り行きが、極度に洗練されていて、ただただ美しすぎて、観るたびに恍惚としては深い憧れを抱いてしまいます。

とりわけ後半の作品における、セリーヌの女性としてのある種の惨めさは、わずかながら共感できてぐさっと胸を裂かれる思いがする瞬間もあり、あぁ、もしかして私もゆくゆくはこういう人生が待っているのかな…それでも、そんなしがない人生において一人ジェシーのような人にめぐり合えたら、もうそれで報われるのかなあ…などと思いめぐらせずにいられなくなるのです。ここ数年、人生観や恋愛観がえらく変わったね、と周りに言われる機会が増えた気がしますが、それは紛れも無くこの映画を見てからのことであると思います(笑)

映画レビューは苦手なのでこれ以上陳腐なネタばらしは慎みますが、どなたか是非両方ともレンタルでご覧になってみてください!そしてスカイプで存分に語らえる方大募集!!


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せっかくパリに来たので、あの厳選されたロケ地のどこか一箇所くらい訪ねてみたいという思いがあり、序盤の盛り上がりを築く、セリーヌ御用達のカフェ「La Pure Cafe」(映画内でもそのままの看板名で出てきます)を探し出して実際に入店してきました。

観光ホットエリアからはやや離れており、マロニエ並木が続く爽やかな通りから路地に反れた一角の角地で、ゆるやかに営まれている、ご近所さんのたまり場という感じの気取らないオープンカフェです。


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そうそう、このすりガラスのアート模様が、窓に近い席にさっと着席したセリーヌの背後に映り込んでいたのを覚えています〜


映画の中では、たしかジェシーがホットコーヒー(英語で「coffee」って言って、セリーヌに「いや、フランス語はcafeね」と即たしなめられるw)、そしてセリーヌがレモネードをやっぱりフランス語で頼むのですが、ええとそのレモネードのこと何て呼ぶんだったか…オーダーしようとしてど忘れ。黒板になぐり書きされたメニューにはそれらしい名前も見当たらなくて。

カウンターにはむっつりしたおっちゃんが一人立っていて、ええいと英語で「れ、レモンジュースください。。。」とオーダー。すると、おっちゃん、

「は、レモンジュース?そんなのねーよ。絞りゃいいの?あ、もしかしてcitron presseのこと?」

「あーそれそれ!しとろんぷれっせ!!」


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多分、映画に影響受けてここで「しとろんぷれっせ」をオーダーする人は多かろうと思うのですが、おっちゃんは「これ、酸っぱいだけだぜ」ていうような反応で、レモン一個を余すとこなくぎゅっとしぼって軽く水で割って、なぜかシロップではなく溶けにくい角砂糖を3つ装って、割水と一緒にぶっきらぼうに差し出してくれました。

その瞬間私があまりに安堵の笑顔を作ったからか、おっちゃんは初めてにやっと笑って、“You look happy”と言い残して持ち場に戻ってゆきました。


くうぅぅぅっ、レモン丸絞り、体内で胃酸に取って変わりそうなくらい酸っぱいぜい!!!


これをポーカーフェイスで喉に通しながら、「どう、9年ぶりの私、変わった?」と髪をほどいてジェシーを魅惑する色気たっぷりのセリーヌ、ちょっとはこういうとこも見習わないとね。。。



店内には、いつかの会社の送別会で編集長が私のリクエストに応えて弾き語りしてくれたJose Gonzalezが穏やかにかかっていて、ふと、ちょびっとだけ、早くもあくせく東京生活が恋しくなったのでした。
posted by こばやし あやな at 01:39| Comment(2) | Ranska-フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月14日

ファースト・インスピレーション

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東京退去まで働かせていただいていた編集部で、フィン入国前にパリに行くと話したとき、「キム兄」の愛称でおなじみ某先輩が、人生でもっとも素晴らしいと感じたイエス・キリスト様のいる東駅近くのとある教会を、まだしばらく再来の予定がない自分の代わりに訪ねて写真を撮って来て欲しい、というお願いごとをされました。何でもそれは、先輩が初めて降り立った外国の街・パリで、初めて内部に立ち入った教会のなかで出会ったキリスト像なのだといいます。

できるだけその時の先輩の感動を共有できるようにと、私自身も、市内に数ある教会のなかで一番最初にここを訪れることにしました。


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前もっていただいていた地図に従ってたどり着いたのは、大通りに面した中規模くらいのカトリック教会でした。重い戸を引いて中に入ると、内部もごく典型的なゴシック教会の呈をなしていて、熱心な教徒の方たちが着席して祭壇を見つめ、おのおの静かに祈りを捧げていました。

内部をぐるりと一周してみて、いったいどれが先輩の心を打ったキリスト様なのか、一体一体を入念に観察しました。磔の刑に遭った姿のもの、マリアに手を引かれたもの、何体かキリストと確認できる像が見つかって悩んだのですが、きっとこれであろうと私自身も感じ入って、いくらかの角度からこっそりとシャッターを切ってきたのが、イントロの写真のキリスト様です。先輩、これじゃなかったらごめんなさい。。。

それはさほど大きくもなく、目立つ位置に安置されているわけでもなく、つくりとしても特別さを有しているとはいいがたい、たわいないキリスト像と言えるかもしれません。手指のしなやかな仕草は、お釈迦様が結ぶ印のようにも見えます。

でもきっとそのときのキリスト様は、以来フランス文化にのめり込むことになる先輩の目には、ファースト・インスピレーションの後光に照らされて一層特別なものに見えていたに違いありません。私自身にとっての、海外体験においてファースト・インスピレーションが降り立った対象が何であったか思い返せば、それはやはり2005年の春先に人生初めての海外旅行として訪れたフィンランドで見た、静謐な森の色であり、澄み渡った大気の青色でした。
こういった人それぞれの第一印象、第一直感、それとの巡り合わせ自体が、得てして、やがて人生にまで影響を及ぼしてくる極めて運命的なものであるのでしょう。

写真撮影とあわせて先輩にお願いされていたもう一つの任務も、ちゃんとキリスト様の前で遂げてきましたよ。次は是非先輩ご本人がこの地で像と再会できますように。

posted by こばやし あやな at 03:58| Comment(0) | Ranska-フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

巴里便り

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日本からチェックし続けていた天気予報では完全な雨予報であった本日のパリ、いえいえとんでもない、時間とともにスカっと青空が覗いて夏の太陽が輝く散策日和の気持ちいい一日でした。
うむ、やっぱり私のスーパー晴れ女パワーは欧州に移ろうともまだまだ劣っちゃいないようですな。

さっそくながら、再会あり、出会いあり、気まぐれあり、な我流街歩きを楽しんでいます。

一般的なパリ名所の観光紀行はまぁ置いといて、個人的な思い入れに依拠したエピソードが生まれたら、ちょこちょこと小分けして綴っていこうかなと思っていますので、へぇこんなパリもあるのねとお楽しみいただければ幸いです。

posted by こばやし あやな at 03:03| Comment(1) | Ranska-フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月13日

関空発、北京経由、パリ着

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というわけで、先刻無事にパリのシャルルドゴール空港に到着いたしました。荷物も問題なく運ばれてきてくれたし、懸念していたヴィオラの機内持ち込みも万事うまくいって、やれやれ一安心。関空で、荷物検査担当者に「そのケースはバイオリンですね?」と訊かれ、ともし「いやヴィオラです」と訂正して、バイオリンより大きいからダメと言われたらまずいと思い、とっさに「そうです」と相槌をうってしまったヘタレな私。。。

早朝に実家を出て神戸空港まで車で向かい、そこから船で関空にアプローチしました。海上網だとたったの30分で神戸から関空まで行けるのですよ。
で、わずらわしい荷物問答をクリアして、両替して、「がんこ」で最後の和朝食をとって、搭乗口手前で両親とお別れ。つつがなく機内に乗り込んだ後、普通の旅人は思い入れたっぷりに窓の外を眺めながら離陸の瞬間を迎えるものでしょうが、なんせ朝まで徹夜で荷造りしていた私は、着席の瞬間から強烈な睡魔に見舞われ、ふと気がついて慌てて窓の外を見たら…、イントロ写真のとおり、すでに明石海峡&淡路島上空でした…
余震でまったく寝られないくせに、なぜあの激震の離陸の瞬間を寝過ごせたんやろうか。。。デッキで手を降ってくれていたかもしれない父母よ、ごめんなさい。。。

その後も、とにかくすべての現実に対して無所属である機上の人であるうちに、眠気と疲労を回復せねば…という思いのもと、乗り継ぎの北京までも、後半戦のパリ着までも、食事タイム以外はオール昏睡状態。15時間あまりの大移動とはいえ、気分的には新宿から梅田までの夜行バスと変わらずして気が付けばおフランス、でした。睡眠不足も解消されて、スッキリ入国!

そうそう、今回安値最重視ではじめてエアチャイナを利用したのですが、全3回の食事タイムの2回目、ランチのときに、ちょっと驚くべきメニューに遭遇しました。
ランチは「Beef or fish?」だったのですが、後方席だった私のところに料理運び隊が到着したときには既にビーフが売り切れていて、詫びられながらフィッシュの方を手渡されました。まあ、どっちみちフィッシュがよかったしいっかとおもい、一体なんの魚がでてくるのかと小さく期待しながら耐熱容器のアルミ蓋をぺりっとめくると、現れたメインディッシュの魚料理は、、、

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カニカマのあんかけ!!!

それも、明らかに小学生の弁当用の冷凍カニカマですやん。。。

さらに、写真では分かりづらいかもしれませんが、メインディッシュに飽き足らず、サイドディッシュのサラダの具もカニカマ

ど、どんだけカニカマ押してくるんだこのフィッシュランチ。。。

そんなわけで、映画も外界の景色も楽しむことなく離陸してしまった私の記念すべき渡航一日目の思い出は、カニカマ定食にほぼすべてを占拠されて終わりましたとさ。あーはやく美食の都☆巴里のうまいもんにありつきたいぜ!


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一応、こちらは北京上空。狭い区画の田畑と、赤、青、土色三色の屋根の民家がぎっしり。


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対して、こちらはパリ近郊上空。この対照的なまでの国土のゆったり使いを眺め下ろしていると、ああ、いよいよヨーロッパという気が高まってきますね。


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こちら、乗り継ぎした北京空港。実は2年前に中国本の改訂を担当していて(私の記念すべき編集業処女作?なり)、そのときちょうどこの空港のリニューアル直後だったので、ウイングの見取り図の図面作成した記憶が頭に残っていて移動もやたらスムーズでした。おかげさまでツーリズム関連の中国語は(ヒアリングはできないけど)一応あのとき勉強したしね。懐かしいなあ。

さてさて、おフランス、実はヨーロッパ訪問国28ケ国目、すなわち今回ようやく初訪問であります。どうも、大手の国は「ま、いつか行くことになるやろ」と油断して訪問が後回しになる傾向があり。。。(ちなみにイギリス&スペインもいまだ未訪問w)

今回は、私の小学生来の幼馴染、「北神戸ののだめ」こと川久保あきこがピアノ留学で数年前からパリに住んでいるので、彼女の暮らしを訪ねつつ、本題(フィン入国)の前に徐々に欧州感覚を取り戻したいなと思って、ようやくのパリ訪問を決めました。研究室の先輩などお知り合いも多く留学している街なので、いろいろな再会も楽しみにしながら。
パリには木曜の午後までのんびり滞在して、その後フィンランドに向かう予定です。

で、このあと、9時にバイトあがる川久保と合流してお宅訪問させていただきます。時間もあるしまだ明るいので一足先に街に繰り出したいところではあるんやけど、なんせ大荷物+楽器があるので、今はおとなしく空港のラウンジで時間つぶし。
しっかしフランス語、仮にも一年、研究室の先輩の補修受けてたはずやのに、見事にわからんなあ。。。

19:50 Sunnuntaina 12.6.2011
ayana@paris.fr
posted by こばやし あやな at 02:57| Comment(5) | Ranska-フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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