2017年04月05日

アレグロ・ノン・トロッポ考

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フィンランド独立100周年ということで、クラシック音楽界では、このあいだ生誕150年を各地で盛大に祝福されたばかりのシベリウスが、フィンランドの独立機運を支えた国民的作曲家として再び演奏されまくる一年となりそう。奇しくも古巣である日本のシベリウスオケ、アイノラ響でも、それから今年のシベリウス音楽祭のラハティ響でも、今年は「報道の日」祝典のための音楽が演奏されるらしい。これは、言わずと知れたフィンランディアの原型(たぶんマニア以外が聞いても違いにはあんまり気づかないと思う)が終曲に入っている劇音楽で、本当はこれが演奏された祝典とやら自体がバリバリの独立運動デモだったんだけれど、ロシアの検閲から目を逸らすために「報道の日(Sanomalehdistön päivät)」なんていう名目で強行されたいわくつきの集会。ちなみに会場は、エスプラナーディ通りに今でもあるスウェーデン劇場だったらしい。もちろんまだ現在の白い建物ではなかったけど。

というわけで、アイノラ響みたいにコンセプトを銘打ってるわけではないとは言え、こんな記念年でなくとも普段からシベリウスを始めフィンランド人作曲家の現代曲をバンバンとりあげる傾向のある類まれな学生オケ、ユヴァスキュラ大学交響楽団でも、おもに年2回ある定期公演で、まあ間違いなく今年はフィン色強いプログラムが組まれるのだろうということは予想されていた。で昨年末に、「次の演奏会のメインはシンフォニー2番らしいよ」と聞いて、ああ、春はまず無難に超有名どころでシベ2(シベリウスの2番)か、と一瞬思った私は甘かった、後日手渡された譜面は、オウル出身のシベリウスより少し後の時代のフィンランド人作曲家、レーヴィ・マデトヤの交響曲2番でしたとさ!!というのも、シンフォニー作曲家としての彼の名声をあげるきっかけとなったこの2番は、初演は1918年だけどおもに100年前の1917年を費やして作られた曲らしい。ちなみに今季の演奏会は全部そいういうコンセプトで選ばれていて、一曲目はシベリウスがやはり1917年に発表したユーモレスクの3番。

マデトヤのシンフォニーなんて、クラシック好きのフィンランド人でも「2番?あぁあの戦争色バリバリのやつね」ってすぐメロディが思い浮かぶ人なんてそうそういないやろう…。
フィンランド独立の歴史は、戦争の歴史。初演に至った1918年には、マデトヤは兄を赤軍の攻撃で亡くしているし、当時のフィンランド人作曲家界のルーキー、トイヴォ・クーラも白軍の勝利を祝う酒宴会場で射殺されるなど、身近なところで痛ましいこと続きだった。そんなさなかに出来た曲が、軍事色の強いパッセージが多く、怒りと悲しみに満ちた激動の曲になったのはある意味必然的な状況描写だったと思われる。



こちら、勇ましさ全開の3楽章。なんか随所にシベリウスのレンミンカイネン組曲の終曲っぽいフレーズが出てきて、弾くたびに思い出してしまう。ちなみに後半の軍隊マーチの先陣を切るのはビオラ。ま、我々しょせん最初に戦地に赴かされる歩兵がお似合いだよね〜、と世界共通の自虐文句がビオラパート内では交わされていた笑

ところで、この3楽章の速度標語がAllegro non troppo(アレグロ・ノン・トロッポ)だということに、上の動画を再生していて始めてきづいて、ちょっとときめいた。アレグロ・ノン・トロッポという言葉は、それこそ10年前、日本で一番時間と情熱を燃やしてオーケストラ活動に打ち込んでいたころ、その意図するところについてオケ仲間とたくさん論議もしたし、以来ひっそり人生の教訓に据えているフレーズでもある。
一般的な解釈として、アレグロ・ノン・トロッポは、「急ぎすぎずに」と訳される。
Wiktionaryの解説でも、allegro (“fast”) + non (“not”) + troppo (“too much”) ということでFast, but not too fast.だと。まあ、アバウトだけれど、言わんとしていることはわかる。シベリウスのヴァイオリン協奏曲の三楽章にも、あの快活な民族風リズムが雪崩を起こさぬよう最初にアレグロ・マ・ノン・トロッポと釘が刺されている(「マ」はbutであってもなくても意味はほぼおなじ)
ただ、必ずしもこの標語がしっくりこないのに、曲や楽章の最初に堂々とアレグロ・ノン・トロッポと書かれているのにも時々出くわす。それが多発する作曲家のひとりが、やっぱりなんだかんだで私自身一番好き、というか殿堂入りを認めざるをえないブラームス様。例えば交響曲1番第四楽章の中間部の、弦から始まり高揚してゆくあの有名なメロディ、交響曲4番の第一楽章、ヴァイオリン協奏曲の第一楽章などがそう。これらはそもそも速く弾かねばという衝動にはかられないし、実際たいがいはまあまあ落ち着いたテンポから演奏が始まる。じゃあ、ブラームスの考えるアレグロってなんなんだろう?

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もちろん死人に口なしだし、後世の色んな人がいろんな解釈をしているから正解をこれとひとつに絞ることは出来ないけれど、私が「気に入っている」解釈と言うか発想は、そもそもアレグロを始め速度標語や音楽用語の大半のベースになっているイタリア語では、アレグロというのは早い遅いという速度の相対性を表す形容詞というより、感情がプラスの方向に振れるニュアンスを示す言葉だ、ということ。大学オケのトレーナーに来てたイタリアかぶれの京響ヴァイオリニストの名物先生がよくこの事例を引き合いに出し、今一度あらゆる音楽用語に組み込まれた単語をイタリア語で引き直したら、きっといろいろ価値観が変わるとたびたびおっしゃられていた。
今試しにgoogle translationでallegroという言葉を調べてみたら、英語でcheerful/joyful、フィンランド語でiloinenと訳されて出てきた(日本語ではなぜか「メリー」ww)。やっぱり本家の感覚では、速い遅い云々より、幸福感ゆえノリが良いというそっちの方向を指す言葉なのは明らかだ。まあ、およそ気分が高揚してくると、鼓動のテンポに比例して、冷静にコントロールをしない限り表現のテンポは速くなり、まあその他にもいろいろおざなりになってくる。だから、non troppo(but not too much)というブレーキの一言がちゃんと添えられている。感情は高ぶってもいいけれど、きちんとコントロールされて抑制が効いていないと見苦しい、というブラームスのお告げなんだと思う。今風に言えば、冷静と情熱のあいだで、と、そんな感じじゃなかろうか。だったら、4番1楽章の表現にもおのずとイメージが浮かび上がってくる。あそこまでズブズブのメランコリックに走りたくなる調べだからこそ、感情に流されるのでなく、ストイックに、頭でその表現方法を計算しながら、我々は響きを作らなければならないのだろう。

生き方もそうありたい、と、ブラームス三昧だった学生時代から、アレグロ・ノン・トロッポを一種の憧れのようにずっと心に留め続けている。「生き急ぐな」というニュアンスももちろんのこと。でもここではブラームスバージョンをより重視したい。いわゆる人間味と称されるような、人を和ませたり楽しませたりするエンターテイナー精神や、泣いたり笑ったりを躊躇しない素直な心を何時もベースに敷くのはマスト。けれど感情や状況にほだされ続けてるだけじゃだめなのだ。いつでもどこか冷静さを保ち、秘密を守り、自分のコントロールが効いているという手応えをどこかで感じ続けて日々を生きていきたい、と強く思って日々あがいている。コントロールミスも想定外の外的影響も未だにあまりにたくさんあって、実行できてるという実感を得られる瞬間は少ないのだけれど…。

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少なくとも、フィンランドでコーディネーターという仕事に携わるようになって、人生においてアレグロ・ノン・トロッポを(無自覚かもしれないけれど)完璧に体現されていると感じずにいられない方に、数名出会えた。何かの世界でものすごい成果を残している人もいれば、地味に素朴に我道を行っている人もいる。ただおもしろいことに、そういう人たちとは得てして一緒に過ごす時間がいつもとてつもなく速く感じるし、立場の違い(格差?)はすごくてもなお気が楽で、すごく相性がいい。相性が良いかどうかは相手にも聞かないとわからないことで片思いの場合もあるかもしれないけど、最初は完全に仕事相手として出会っておきながら、絶対めちゃくちゃ忙しいはずなのにその後も自然にプライベートでも交流が続いているということには、不安になる必要はないはずと思う。

今の仕事の良し悪しについては最近よく思い悩んだりもするけれど、正直、たまのこういう出会いひとつで、ネガティブな思考は瞬時に吹っ飛び、出世も到達目的も何もいらないからずっと今の立場にしがみついて人生を味わいたい、と考えるようになったりする。適当やなー

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ところで、アレグロ・ノン・トロッポつながりで、どえらい映画を掘り当ててしまった。上の眼力ありありの子猫を見て、ピンとくる人もおられるのだろうか。「ネオ・ファンタジア」という邦題で輸入され、10年ちょっと前にひっそり再上映やDVD化もなされていたそうなんですが。イタリアの70年代の作品で、なにをかくそう原題がAllegro non troppoなんですよ。例によって日本語タイトルだけ、どうしてこうなったーーー!
まあ、その邦題もわからなくはなくて、この映画全体が、かのディズニーの「ファンタジア」のオマージュというかパロディーというか…なつくりではあるのです。6曲の有名なクラシック曲それぞれに、曲のイメージや緩急にぴったりよりそったアニメーションが創作されていて、しかもその幕間に、ばあちゃんばかりが舞台に乗った奇妙なオーケストラの実写版ドタバタコント?が挿し込まれている、という。ファンタジアでは、魔法使いの弟子とか禿山の一夜なんかがそのモチーフ曲になっていたけれど、ANTでは出てくる順に挙げると、牧神の午後への前奏曲(ドビュッシー)、スラブ舞曲7番(ドヴォルザーク)、ボレロ(ラヴェル)、悲しきワルツ(シベリウス!)、2つのオーボエと2つのクラリネットのための協奏曲(ヴィヴァルディ)、そして火の鳥(ストラヴィンスキー)。
このそれぞれのアニメの完成度が、そもそものストーリーの発想の自由さが、凄まじく素晴らしいの!!とりわけボレロはそれぞれの登場キャラクターのタイミングや出演時間まで完璧に計算しつくされているし(どういう意味かはぜひ実際に見てにんまりしてください)、シベリウスも本家「クオレマ」のストーリーも踏まえてありながらとにかく物悲しく叙情的。他の作品もつねに皮肉か悲哀かエロスか、といったところ(笑)すごい名曲ありきでここまで自由な表現をはめている芸術作品となると、最近まで見てたフィギュアスケートの演技に近いものがあるかも。
ネット上にも動画が落ちていてひとまずそこから見たけど、イタリア語の会話が入る実写編は訳もなかったし、これはぜひDVDで手に入れていつでも思い出したときに見られる場所に置いておきたい。

奇しくもwikipedia(英語版)のこの作品紹介のページに、ここまで延々ダラダラ書いてきた拙論を頼もしく、簡潔明快に裏付けてくれている一節があったので、最後はその部分を抜粋コピペして、今晩はぼちぼち筆を置きます。

In music, an instruction of "allegro ma non troppo" means to play "fast, but not overly so". Without the "ma", it means Not So Fast!, an interjection meaning "slow down" or "think before you act".
The common meaning of "allegro" in Italian is "joyful". The title reveals therefore a dual meaning of "allegro", and in addition to meaning "Not So Fast!" can also be read as "joyful, but not too much".



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読み手を振り切り振り払い置き去りにしながら、久々にこんなに書いてしまいました。もしここまで一緒にたどり着いてくださった方がいれば、お付き合いいただきほんとうにありがとうございました。私もちょっとスッキリしました。

ayana@jyväskylä.fi


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来週の今ごろは日本!桜よどうかもう少し留まっていてください!



posted by こばやし あやな at 07:32| Comment(0) | Suomi×音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月07日

パーソナルなことを根掘り葉掘り、のお仕事

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あっという間に、2月。1月はとにかく例外的に寒かったのもあり(笑)、もっぱらデスクワークばかりでした。おかげさまで卒業も決まったし、これから誰に必須単位や科目を強要されることもなく、自分の手でどうとでも自分の毎日や未来の舵を切っていける(堕落のストッパーもない)自由を噛み締め、にわかにワクワクしながら、ここ数年で一番深く一息ついているところです。

昼間はマイペースに、書き物仕事や、今年から始まったとある書籍の翻訳作業や、今後の進路を切り拓くための地道な書類作成に短時間集中。夜は冗談でなくほぼ毎日(!)、夫や友だちと遊び尽くしています。じっくりご飯を作ったり、飲みやサウナやドライブに行ったり、雪と戯れたり、ボードゲームに明け暮れたり。そして、ユヴァスキュラ拠点の日本やアジアと関わりのある起業ビジネス仲間たちと野心的な意見交換をしたり。正直、こんな塩梅のライフバランスをずっと続けられたらストレスも疲労もたまらないし、質素でも十分楽しいのにな〜なんてぬる湯の中で沈没しかかっているのですが、次のステップまでの充電期間てことで、時が来たらまたシャカリキモードに戻る(引き戻される)はず、ですけども…

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半年ぶりにオケにも復帰し、最近は家でも楽器を練習する時間が満足にとれて嬉しい。ある日家に譜面台持って帰るの忘れて、屈折自由のライトスタンドにこうやってマグネットで楽譜を貼り付けたら手元も照らせられて非常に便利だということがわかった

さて、毎年、年が変わってからのこの時期に必ずいただくお仕事があります。私の東京時代の古巣でもある、アイノラ交響楽団の定期演奏会パンフレットへのコラム執筆です。アイノラは、日本でシベリウス全曲演奏制覇を目指す世界でも類を見ないコンセプトの(笑)意識高いアマオケで、今年の定期はなんとついに、シベリウスファンなら「えええっそこに手を出していいの!?(楽譜手に入ったの!?!?)」と興奮を抑えるのに一苦労必至の、交響曲第5番の幻の初稿版と、そしてよく知られた現行版の弾き比べに取り組んでいるそうです。そしてまたオープニングが春の歌。正直、この選曲を聞いた時、春に楽器持って一時帰国すべきではないのかと真剣に予定表とにらめっこしましたよ。折にふれて主張していますが、私はやっぱり5番交響曲が飛び抜けて一番好きで思い入れが強いので…。

現役時代には、もはやこれは立派な北欧クラシック業界の同人誌なのでは?という渾身のパンフ編集を統括させていただいたのですが、遠くにやってきてしまった今もこうして(それこそSuomiのおかんとしての活動がまだ軌道に乗る前から)、"Who's Sibelius"という見開き2ページの、ハッキリ言って相当マニア度の高いコラムの執筆という形で、ありがたくも毎年ちょっぴり演奏会に参加できた気分を味わい続けさせてもらっています。Who's Sibeliusの半分は、「著名人との知られざる人物交遊録」や「ゆかりの地」のように毎年お決まりの小コンテンツが複数あって、その年に演奏するシベリウス作品の作曲年や背景に関係をもたせたトピック選定チャット会議を、事前に広報担当者さんと指揮者のユリ先生と行ないます。
そもそもこの連載コラムページ自体、もともとは私が現役時代に新たに創始したコンテンツだったので、DTPフォーマットもかつて自分が作ったものを例年そのまま流用。なので写真処理やレイアウトもオールインクルーシブで、今でももちろんIn Desigin入稿です(笑)

ちょっと話がそれるけど、すでに文字数やレイアウトがきっちり決まっている雑誌や書籍に寄稿させてもらうときも、私は断然まずインデザで使用予定のフォントとQ数を設定し、文字枠レイアウトを再現して執筆推敲する派。大学院時代に、ゼミ関係で少しだけ大阪の地方紙にコラムを書かせていただいていたのですが、その時に紙媒体の文章というのはしょせん内容半分図柄半分であることを学び(漢字、ひらがな、カタカナの配分や分散リズム、改行のタイミングによって人の目に映る印象でその文章の性格が決まるという考え方)、その後雑誌編集の仕事を経て、客観的に文章の視覚的コントロールにばかり気が持ってかれてしまうようになりました…(もちろん内容をないがしろにしてるわけではないですよ!笑)。だから一応今でも私なりに、どんな媒体であれ字数制限やレイアウトありきの文章は、ひらがなの分量や視覚的リズムだけでなく、改行改ページのタイミングまで、人知れずけっこうこだわって印象をコントロールしているのですよ…講評で直接的にご指摘いただいたことは一度もないですが(笑)

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先日魚屋さんに「カワメンタイの肝だけ売ってたりしない?」と打診しに行ったら、部分売りはないけど、その代わりこの日は珍しく良質な白子持ちが安く入荷されてたので、身は交換留学生たちと鍋に、貴重な肝と白子は後日JKLアラサーの会で肴として美味しくいただいた(大人って残酷笑)

閑話休題。フィンランド在住ライターとして記事を書く時、ジャンル問わずたいていは現地での取材やインタビューがベースになるものですが、もちろん歴史を紐解くような話題のときは、どこに宝が眠っているかもわからない書物庫で記事にとっての有益な文献を発掘し、黙々と読み解く…という作業が中心になります。ただただ図書館にこもって、かつて誰も手にとってないんじゃないかと疑ってしまうくらい手垢が少ないのにいっちょ前に古びた本や資料を繰り続ける…そんな取材に比べると100倍地味なこの作業が、こう見えて実は大好物だったりします(笑)文学部の申し子だからというのも半分、あとの半分は間違いなく、東京でたった半年余りですがDアゴスティーニの週刊S国武将データファイルの編集部にいた経験がうずいてるんですよね。。

当時私は、週を追うごとにマイナー度数の増していく新規武将のプロフィール&生涯年表ぺージ、人物相関ファイルなど、主に武将たちの生涯や人となりに密着したページの執筆や編集を担当していたので、毎回次号の特集人選が終わって台割があがってきたら、とにかくその名前を聞いたこともない新規武将のことを短期集中で徹底的に調べあげるために、週の半分は国会図書館に缶詰で、それこそ誰がこれまでこの本を手にとったのだろう…という郷土資料や時に古文書と格闘する日々でした。
データベースをあのワードこのワードで検索して、お目当ての人物についてほんの一行でも描写されている文献が見つかればほくそ笑みコピーに走る…そんなキチガイじみた日常。いくつか肖像画が残っているときは一番男前なのを選んで写真借用するんだけど、マイナー度が上がってきて肖像画すらない人物の場合は、日本の何処かにあるかもしれないその人の銅像なり墓石を探し当てて写真提供者を探したり、あわよくば週末旅がてら自分で撮りに出かけたり。。。

文章内容はすべて郷土資料や学術文から裏付けのとれる内容だけで組み立てるわけですが、それでも、今日まで引き継がれるに至った1500年代の一国民の描写が実際どこまで正確かなんて誰にもわかりゃしないし、まあ光を浴びた人ほど都合悪いことは排除されあることないこと"良く"見せて書かれていたのは間違いないので、結局はファンタジーの延長なのかもしれません。
ただそういった結果的な信ぴょう性や時代錯綜の概念を捨てれば、私たちがあの週刊誌編集のために行なっていたことは、いわば一個人のプライベートを徹底的に調べあげ出来る限り丸裸にしてやろう…という、某センテンススプリング誌などがやってることと実は本質は同じだったんですよね…。

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昨日大学の駐車場で見かけた衝撃のベンツ社


話がようやく目的地にたどり着きましたが、今の私が、シベリウスのマニアックコラムを書くために読み漁り反映させた裏付け資料のなかには、シベリウスの当時の(ネガティブオーラ全開の)赤裸々日記、彼の家族たちの日記、アイノや他の知人友人への手紙なども多くあります。それらは明らかにその人の心の声に肉迫した、でもだからこそ当の本人たちにとっては、プライバシーそのもの。当人の心境としては、LINEどころではなく流出なんてもっての他に違いなかろうに…今やアジアの極東までその一部始終が事細かく伝わっているという皮肉よ。織田信長は没後約430年、シベリウスなんてまだ60年そこら。こんなことを本人たちが生きてる時代にやったら間違いなくけちょんけちょんに非難され(切腹を命じられ)、でも実際はまさに亡くなったとたん死人に口なしで、事細かに調べあげた者が名誉に浴する。嗚呼、まったくなんたる皮肉。。

もちろん間接的にその一端に関わっている自分が、普段そんな罪悪感や、「真実をあばく姿勢を貫いているのだ!」という罪悪感の翻しによって虚勢を張りつつ、良心との葛藤と闘い苦しみながらこの仕事をしてるかといえば、申し訳ないけどそんな気はもちろんゼロです、皆無です。まだ邦訳されてなかろうスクープを現地語で掘り起こしてきて、「どうです、この真実を知ることで彼の音楽がより豊かに聞こえてくるでしょう!」なんぞ大義名分を振りかざし、日記に綴られた心の声を得意気に面白おかしく書き立ててお金をいただいているのです。天国のシベリウスはそんな私の愚行をどんだけ眉間にしわを寄せて恨んでいることでしょう…

さて、今後、人とやり取りするのも日記やメモを書き留めるのも電子機器を媒介するのが主流となった人々が次つぎに命を全うしていく時代、死後の自伝や人物研究の論拠となる文献は、一体何が拠り所とされるのでしょうか。はずかしいものは、死ぬ前にディレートボタンひとつで全て抹消しようと考える著名人も現れるかもしれません。けれど、そうした人がぽっくりいったとたん、彼の全てを解き明かす使命感に駆り立てられた研究者だか文屋が、本人によって消されたはずのチャットアプリなどの履歴を大元会社に照会するよう要求し、「学術研究や文化活動の前進のため」とかいった名目で、ご氏族が許せば自動的にその照会許諾が降りる…そんな時代が来たりするのでしょうか。

…以上、なんの結論も持論の主張もない、ただシベリウスのコラムを書きながらぼんやり考えていた与太話でした。それはそれとして、やっぱりフィン語が読めると、日本では読むチャンスも能力もなく無縁だった資料や、オリジナルのニュアンスが残った発言などが読めるわけで、ますます私の中のシベリウス観が多様化して楽しいものです♪
あと、今回はフィンランドの某出版社の写真アーカイブから、かなりのお宝画像の借用に成功したので、レイアウト上はさりげないのですがご注目くださると嬉しいです(笑)

ayana@jyväskylä.fi

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明日からは久々に仕事で北上!といっても今回は、自分がめいっぱい贅沢に楽しむことがお仕事です笑


posted by こばやし あやな at 07:13| Comment(0) | Suomi×音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月28日

メリーキノコクリスマス&地球の声

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のんびりするほどあっという間のクリスマス休暇が終わり、ユヴァスキュラへと帰ってきました。今年はユヴァスキュラやレイヴォンマキでもまさかまさかのブラッククリスマス。
窓の先の景色も、

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相変わらず美しいのだけど、なんだかちっともクリスマス感の湧いてこない平凡な光景…。まあ実際、どうせ日中も大半の時間が薄暗いし寒いし、クリスマスはとことん室内で食っちゃ寝して過ごすわけですが。。
実はミッコのご両親が今年も腕によりをかけて振る舞ってくださったクリスマス惣菜メニューのなかに、スッピロヴァハヴェロ(一番遅いシーズンまで収穫できる風味豊かなキノコ)の甘酢漬けなるものがあったのです。聞けばこれは、両親が作ったのではなく、ご近所さんから分けていただいたもので、なんでもそのご近所さんいわく「このキノコは一週間前にたまたまその辺の森で大量に見つけて慌てて収穫したものだ」というではありませんか!ええー、いくら暖冬とはいえ、一時はそれなりに降り積もった雪もすっかり溶けて今に至るとはいえ、まさか12月のクリスマスシーズンにまでキノコが採れてしまうものなのか!?

ともあれ、この話題が出てからキノコ狂のミッコと、そんな息子にやや張り合う傾向のある(笑)元祖森の男のミッコパパは、「どうせ暇だし、明日の日中は森に繰りだそう!!」と意気揚々。私はもちろんキノコがあるならそりゃ行ってみたいけど、まだある確証もないのになにもこんな寒いシーズンまで森に出て行く「甲斐」はあるのかと、その時点では半信半疑であまり乗り気じゃありませんでした。でも結局翌日アツい森の男たちに説得されて、いつものキノコ狩り用具一式+防寒モードで久々の森に入ることに。
でも秋にたくさん収穫をあげた森に立ち入って早々、

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唖然とするくらいにスッピロヴァハヴェロが、あっちにも、こっちにも!
うおお、ご近所さん情報にあやかって良かった〜思い腰上げてよかった〜

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というわけで、3人で小一時間摘みまくって、このとおりどっさりと収穫。クリスマスの寝る飲む食う以外これといって何もないモードに少し飽き始めていたタイミングで、外に出て自然の中で体を動かすいいきっかけになっただけでなく、その日の夕食(例によってクリスマス惣菜の残り物)には、ミッコがさっそく作ってくれたキノコと玉ねぎのクリームソースという新たな味のアクセントが加わったので、ハムやサーモンもまた新鮮に味わうことができたのでした♪こんな奇妙な雪なしクリスマスは、また来てくれと願うのは違う気がするけど、でもまあ今年に限っては悪くなかったかもね。
余談ですが、今日はクリスマス後恒例のラーメンディナー。なぜって、この時期必ずまだ良質なチャーシュー(クリスマスハム)がたくさん余ってますからね(笑)半熟卵とネギと一緒に軽くつけダレに漬けておいてトッピングしたら、それはもう立派なチャーシュー麺。嗚呼これはもはやクリスマスメニューのシメの一杯であります。


話は前後しますが、クリスマス音楽紀行観ていただきましたか?私はまだいただいた動画は最後まで見られていないのですが、OAの数日前にマッキーファンの友人がわざわざ、槇原さんがDJを務めるラジオ番組(番組放映日前の回)で、彼がすごく細かいことまで思い出しながらフィンランドで見た景色や感じたことを始終語っていたよと教えてくれました。ご丁寧に、某動画サイトに早速アップされていたトーク音源のリンクとともに(笑)
そちらはクリスマス帰省前に拝聴したのですが、本当に、「えっそこまでネタバレしちゃっていいの!?」って言うくらい、サーミの人たちや暮らしの印象とか、私が旅の合間にちょいちょいお教えしていたフィンランド語会話のポイントとか、シベリウス音楽の魅力とか、とても温かい目線で丁寧にお話してくれていて、これはただただコーディネーター冥利に尽きるというのか、あの楽しかったロケの思い出も蘇ってきて胸にじんとくる嬉しさでした。番組中にはなんとシベリウスの作曲したクリスマス曲までもOAしてくれたのですよ!!槇原さんと中島美嘉さんのナンバーに挟まれて(笑)

そんな思わぬサプライズもさることながら、同じ番組内で槇原さんが紹介していた高橋幸宏さんのウィンターソングがまた素敵で、それと同時に、そういえば私も一枚だけ昔高橋幸宏プロデュースのシングルCD(8センチCDの時代ですよ!)を買ったことあったなあとふいに思い出したのですが、いかんせん曲名とアーティスト名まで思い出せなくて。私が小6だか中1くらいのころ(だから20世紀の終わりごろだなw)に、これまた8センチCD並に懐かしい、今はなき「関西セルラー」のCMソングとして結構長い間かかっていた曲です。CMには確か反町隆史と鶴田真由が出てました。メロディーやCDジャケットのデザインは頭にすぐ浮かぶのに、結局最後までタイトルが浮かばず検索に頼って、ようやく、ストン。
Soonという男性二人組のユニット(feat.高橋幸宏)の"Voice of the earth 地球(ほし)の声"という曲でした。きっと同世代以上の関西圏の人は(関西セルラーといえども実は全国区だったのか?)Amazonサイトから部分視聴すれば、「ああ〜これか!」とピンと来る人も多いのでは?

当時私は単純にまずCMでこの曲をいいなと思って、番組のクレジットに高橋幸宏さんの名前があって(あくまでSoonの名はスルーだったはず…)、購入を真剣に検討するほどじゃなかったはずなんだけど、なんとなく記憶に刻んでありました。その後、別のCDを求めにショップに行ったとき、ふいに高橋幸宏ってどんなアーティストなんだろうと思ってコーナーにふらっと寄って、確かそのときたまたまVoice of the earthのCDジャケットを見つけたんです。不思議なもんで、そのCDを見たりタイトルを確認したところで、このCDの曲があのCMソングだという確証は一切なかったのに、あの歌の声とジャケットに写っていたSoonのお二人とその背後でなぜか天使の羽を背中につけて写る高橋幸宏のトリオを見て、そこから歌の声を連想してなんとなく直感で、あ、きっとこの人達の歌な気がする、と思ってそのままジャケ買い(というのか?この場合)して帰ったんです。そしたらまさしくビンゴ(笑)なんか今思えば、中1そこらのお小遣いの額も限られた貧乏少女が、よくこんなリスキーながら面白いCDの買い漁り方をしていたものだといささか驚き呆れる部分もあります。あと、周りがアイドル系シンガーにお熱な中で、よくこんな渋いタイムレス路線がお気に召したものだとも(笑)

関西セルラーの歴代CMって、それこそマッキーとか、氷室京介とか、ザ大御所シンガーたちの歌が使われていたなかで、この曲は歌手の知名度で言えばかなり異例の抜てきだったのでは。現にクレジットに高橋幸宏しか表示されていなかったし。Soonって、今改めて調べようとしてみても情報が少なすぎて。。決してヒットチャートを賑わすようなバンドじゃなかったよね?どうやらすでに解散しているみたいだし。爽やかで穏やかで、いい声してるのになあ。それでも、私は今改めてこの曲を聞いても、余計な表現や主観的な誇張がなにもなくて、ニュートラルな歌声とアレンジで、テンポや譜割りもすごくいいなと思う(ちなみに全部聞きたければニコ動で検索してみてね)。もともと携帯のCMソングとして依頼されてこうなったのか、たまたま歌詞がぴったりだったから選ばれたのか経緯はわからないけど、サビの歌詞はともかくCMイメージにピッタリはまってたし。



ちなみにこれも今日探していて知ったんだけど、高橋幸宏さん自身もこの曲を、歌詞だけカスタマイズして、タイトルも変えて自分の曲として歌っているみたい。こうして本人メインで聞くと、ああいかにも高橋幸宏の曲〜〜ってオーラが強い曲ですね。こちらもありなんだけど、個人的にはSoonのほうがより歌詞が心地よくさり気なく耳に入ってくるし、瑞々しい声がアレンジとぴったりで好きかなあ、というのが率直な趣向であります。

J-popばかりを聞いていたうちは、結局これといって特定のアーティストに入れ込むこともなく、深夜ラジオやTVCMなんかで気になる曲を摘んで、でもいいなと思ったものはしっかりシングルCDでも買っていた。今や、海外にいても聞きたい曲はとりあえずネットから探しだして手軽に聞けてしまう。といってもやはり普段接触するメディア媒体が変わってしまったことで、自発的であれ偶発的であれ耳にする機会を失ってしまった類の曲はたくさんあるし、殊に日本の歌謡だともう、結局懐メロを懐かしむくらいにしか楽しむこともないのかなあ…と思うと少し寂しい。でも、たまたま振り返って再び心を動かしてもらえる音楽がいろいろ記憶のなかに眠っていることは、ちっとも悪くない。

ayana@leivonmaki.fi


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さあ明日は仕事納め向けてラストスパート

posted by こばやし あやな at 05:04| Comment(0) | Suomi×音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月26日

ダメ妻の演奏会

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ユヴァスキュラ大学交響楽団の春の定期「シベリウスの陰で」が、無事に終演いたしました。お客さんの入りもいつもよりアップしていて、やはりこの国の人は自国の作曲家の作品には集まってくるんだなあと納得。そろそろいっぺん、こちらに移住してきてから弾いた国内作曲家作品の一覧リストを書き出してみたい。なんだかんだで、小品を含めもう結構な数の作曲家の作品に手を染めた気がします…絶対に日本じゃ(アイノラ響に所属していても)弾く機会もなかろうな、というラインナップなのは間違いありません。
。。。そろそろブラームスやチャイコフスキーが恋しいなあ。でも、秋シーズンはもちろんシベリウス祭りです。なんでも、シベリウスの誕生日会、というコンセプトの演奏会が企画されているとかなんとか!何を弾くことになるのかな。交響曲なら、ぜひ後期のどれかでお願いします!

実は先週立て続けに諸事情でファーストバイオリンの子が出られなくなってしまい、セカンドのほうが人数が多いアンバランスな状態になり、バイオリンチームは頭を悩ませていました。当日のゲネ本だけでこの超マイナー&なかなか難解な曲をさらりと弾いてくれる人がいるものか…と…

で、実際に今日限りの助っ人としてやってきてくださったのは、なんとユヴァスキュラ交響楽団のコンサートマスターのハッリさんでした!!ひぃ、水曜日に客席から眺めていたあのお方が、今日は同じ舞台に立ってくださるなんて!しかもユヴァスキュラ響は昨日か一昨日に演奏公演で他所の街に行ってたはずなので、かなりのハードスケジュールのあとによくぞ引き受けてくださったものだ…!
でもこのハッリさんは、プロオケ団員にありがちなアマチュアを見下すオーラを出したり大してさらってこずむしろ足を引っ張る、なんてことももちろんなく、むしろ驚くほど腰も低く誠実に、そして完璧に演奏を支えてくださり、かつ待ち時間などにはユーモアやびっくり体験談などを語って周囲を和ませる、腕も確かで愛され上手な理想の音楽家さんです。実はわたしは以前から時々ビオラ弾き不足でお声掛けいただく室内合奏団でハッリさんと何度かご一緒させてもらっていて、私のこともよく覚えてくださっているので、今日も本番前に一人でさらってたら満面の笑みで近づいてきて、ありがたいことに音色を褒めてくださったり、ちょっとしたアドバイスをくださったあとに、「いやーしっかしメリカントむずいわ〜こんなの完璧に弾くなんて僕でも絶対無理無理っハハハ」とすっとぼけて着替えに行ってしまわれました(笑)
やっぱり音楽は美味い人とやりたいのはもちろんだけど、一緒に時間を過ごしていて楽しい人とやりたい、という欲求も外せない。というか、実生活でコミュニケーションがうまい人は、音楽の場でもほぼ確実にその能力を発揮できますからねえ。

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↑こちらが今日の会場でした。

本番中、長い休符小節のあいだにぼんやりと「あー今日の打ち上げ行こうかな〜疲れてるし面倒だな〜」とぼんやりと考えたりしてましたが、結局終演後特有のはっちゃけたい欲とタダ飯タダ酒の誘惑に負けて、街の創作スープレストランを貸し切っての打ち上げにも参加。しかもなんだかんだで相席していたグループのみんなと音楽話がはずんで、気がつけばちゃっかり一番最後まで残ってしまいました。「すまぬ、遅くなった…」とほろ酔いで帰ってきた我が家は、出る時にわかってながらもひとしきり放置してきてしまった買い物掃除皿洗い洗濯が全部夫の手によってきっちり済んでいて、「ひょっとしたら食べてくるかも」と曖昧な伝言しか残してなかったのでなんとラザニアまで焼けて待っていました…もうこんなダメ妻でごめんなさい…「明日は美味しいごはん作って償うから」と頭を下げるも、ミッコは年に何度か予告なしに始まる数日間の「デトックス断食」を今日から開始したらしく、もはや私はこの家のでくのぼう。。。
とにかく明日からはオケもオフシーズンに入ることだし、家のこともちゃんと率先してやるようここに誓います。。

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ご来場いただいた皆さん、今回もありがとうございました♪

posted by こばやし あやな at 05:44| Comment(0) | Suomi×音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月05日

一演入魂

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東京時代の古巣オケでは、フィンランドから合唱団を招いてクッレルヴォ&フィンランディア披露という壮大な日フィン架け橋コンサートが開催されていた昨日、時間をかけてあたためてきた我々の小さな手作りコンサートも無事に終演いたしました。用意したプログラムが足りなくなるほどの満員御礼で、内容にも各方面からよい評価をいただき、ほっとしています。久しぶりに、自分たちが良いと思えるものには、ちゃんと成果や評価が返ってくることを実感できました。

今回、演奏チームももちろん全力を尽くしましたが、一ヶ月を切ったタイミングで頼んで制作を開始してくれた留学生による映像チームの頑張りが称賛に値するものでした!マリオやポケモンなど、誰もの耳に残るBGMを切り貼りしたメドレーなどでも、パソコンでの動画切り替え技術を駆使して、ちゃんと地下に潜ったり無敵になったり敵に出会ってバトルを始めたり…といった場面も見事に音楽に寄り添ってくれたのです。やはりこの視覚と聴覚の刺激のオーバーラップにはお客さんも大喜びで、マリオが死んでゲームオーバーになったときは、まだ我々の音楽がつづいているのに先に拍手と歓声が起きてしまう…というクラシックコンサートではありえない反響も(笑)いっぽう、映像の尺が決まっていて、我々演奏チームが体内メトロノームだけを頼りに時間通り引き切るしかない…という曲のほうも、ばっちり決まった(らしかった)ので、にんまり。

フィンランドでは、内容から出来栄えまでトータルに振り返って「これは良かった!」と思えるコンサートはそんなに多くないなか(それはやはりアマチュア音楽家の本気度の差によるところが多い)、今回はまず向上心あふれるメンバーに恵まれていたし、皆で最後まで細部を検討し高みを目指す快感を久々に楽しみました。多くのお客様に、(別のあの曲この曲をいれての)再演や次回作をリクエストいただきましたが、アマチュア音楽家の集まりなのでやはりそう気軽に多発もできなければ、そもそもゲーム音楽特有の著作権の問題で有料コンサートにはできないという側面から、「続けること」はとてもむずかしいプロジェクトです。でもだからこそ定期演奏会とは別種の思い入れと気合がこもるというもの。そしてそれは、何百回という舞台経験のなかでも唯一無二の清々しい思い出になって、これから心の貴重品ボックスへと収納されます。

一夜明けての本日に、改めて演奏者&スタッフで盛大な打ち上げ(ポットラックパーティー)を催しました。もちろん昨日のビデオを皆で鑑賞し反省大会、すっかり浮かれて酔いつぶれる若造約一名。いかにもコンサート後の打ち上げ、ってな光景でした(笑)

大きなプロジェクトがひとつ終わって、すぐに気を切り替えるのは苦手だけれど、幸い?明日からはしばらくまたヘルシンキ滞在で複数の取材&アテンド仕事を一気に捌いてくるので、いやでもモード転換できそうですな…。そんなわけで、ブログからはまたしばし遠ざかりますね。もいもい!

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ヘルシンキは前回訪問時も雪がなかったし、普通のロングブーツを履いていっても大丈夫そう?
posted by こばやし あやな at 08:40| Comment(0) | Suomi×音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月10日

どこも同じなオケ内恋愛

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オーケストラのリハのあと、トイレに行っておよそラストワンくらいのタイミングで音楽棟を出てチャリにまたがろうとしてたら、少し前方で、大きなチェロケースから手足が生えた(ように見える)シルエットと、学指揮さんのシルエットがだんだん互いに距離を縮めていって、重なったところでさっと二人が手を手をとり合って、そのまま闇に消えていったのを目撃しちゃった。ん〜いいっすねえ、雪だらけの冷凍世界にぽっと火が灯った瞬間を見た気がしたよ。にやにや。

オケ内恋愛は、今も昔も、フィンも日本も、お盛んですな(笑)真の合コンサークルは、テニス同好会なんかではなく、絶対オーケストラだ…と思ってます(名誉のため言っておけば、合奏中はもちろん音楽に一生懸命ですよ!)。100人あまりの(今はその半分くらいですが)個性さまざまな楽器を得意とする男女プレーヤーが、ひとつの舞台をつくり上げるために毎週毎週顔を合わせ息を合わせアンサンブルに勤しんでいれば、そりゃあこころとこころが響きあうことも少なくないでしょう。とりわけ日本で在籍してた方の大学オケは男女比もちょうど半々くらいだったし、たぶん4年という在籍中にあの大集団のなかでひとつもネタをつくらずじまいでした、という人は、限りなくゼロに近かったはず。過去にOB名簿を管理してた先輩情報では全OBOGの9人に一人が団内結婚だとかなんとか…私の代だけ見る限りではそれほどでもないけど、確かに知る限り少なくはなさそう。いわゆる団内、でなくとも楽器演奏を趣味に持つ人同志のカップルは、身の回りにもあまりにありふれています。ただこちらのオケ(というか大学生)のように、現役にして団内結婚済みがちらほら(ベイビーも時々客席に)、ということはさすがになかったかな(笑)

休み時間や個人練のあいだに互いの楽器交換して教え合ってたり、器用な方が楽譜の製本手伝ってあげてたり、本番の舞台裏で衣装でツーショット写真撮ってたりする光景も、やはり国境はありませんね。自分はもう当事者コースから外れてしまったとはいえ、こんなシーンやあんなシーンがふと目に止まると、今でも否応なしにきゅんきゅん、そしてにやにやしてしまいますな。

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今のオケは合宿がないのがちょっぴり物足りない

posted by こばやし あやな at 07:47| Comment(0) | Suomi×音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月15日

知る人ぞ知るフィンランド人作曲家たち(2)

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帰国中は、ミッコのリクエストで精力的にいろんなお城を見て回りました。岡山への帰省帰りに立ち寄った姫路城は、ちょうど日没時間で白壁が真っ赤に染まり(到着時は白かったのですが、それがたちまち)、白鷺城ならぬ紅鷺城に様変わりした貴重な一瞬が見られてラッキーでした。

さてさて、帰国してまもなく一週間がたちますが、やはり一ヶ月の現実逃避のツケは厳しく、毎日目が点になるくらい忙しい…。お仕事しかり学業しかり音楽活動しかり、容赦なくやってくる新規案件をその場その場でさばき続けるだけで、いつもあっという間に一日が終わってしまいます。いっぽう連日の大雪続きで相方が毎朝4時ごろから除雪作業バイトに駆り出されるため、私はさすがにそれに合わせて起きるのを免除してもらうかわりに、前夜の弁当作りでせめてものサポート。つかの間手をとめては、ああ卒業旅行はどこに行こうかなあ、なんてふんわりしたことを妄想して脳を休めています。この時間の追われっぷりでは予定通り卒業できるかどうかも怪しいのに…苦笑

さて、先日に第一弾を投稿した、私が今度の演奏会で取り組む「シベリウスの影でひっそり頑張っていたフィンランド人作曲家シリーズ」の後編をお届けします。残っているのはこのお二人…↓

4.Uuo Klami(ウーノ・クラミ)1900-1961
この人はシベリウスに負けずとカレワラ神話に思い入れを持って、関連曲をたくさん書いた人ですね。2年前に彼のカレワラ組曲を全曲やりましたが、情景描写がいつもわかりやすく、シベリウスの得意とする清澄で陰りを持った響きとともにロシアもののような爽快どんちゃん騒ぎ節も持ち合わせた曲で(ビオラにもかなり華を持たせてくれるので)、実に楽しく弾いた記憶があります。いっぽうで、フィンランド人作曲家にしてはとてもめずらしい宗教曲(カンタータ)なんかも書いています。私が知るかぎりの彼の曲は、いつもどこかでラヴェルとストラヴィンスキーによく似た雰囲気が漂ってくる気がする(と個人的に思ってたら、実際ちまたでもよくそう特徴付けられる人のようですな、やはり)。
今回我々は小管弦楽のための組曲という3曲編成の曲をやるのですが、1:セレナーデ、2:間奏曲、3:軍隊行進曲と、脈絡がいまいち見えない構成。この曲についてもっと情報を求めたくも…マイナーすぎて今のところ霧に包まれています…


「海の情景」のラストは、もはや私の耳にはラヴェルのボレロにしか聞こえません…

5.Leevi Madetoja(レーヴィ・マデトヤ)1887-1947
オウル出身の作曲家で、シベリウスに作曲を師事していたこともあるマデトヤさん(いまだにこの苗字は貝類を想起させる…)。この人ももちろんカレワラやフィンランドのあれこれを題材にした作品も残しているし、交響曲なども書いてはいるのですが、方向性はシベリウスとはまた全然異なって聞こえます。日本人北欧音楽マニアのあいだでよく話題に登るのが、「オコン・フオコ」という名のついた、なんと日本の歌舞伎だか人形劇だかを素材とした劇音楽。組曲がまだかろうじて知られているんですが、全曲盤には「ハラキリ」なんて直球曲も出てくるらしい…音楽は実際聞いてみてもそんなにエセジャポニズム感はなくて、荘厳なのに爽やか系。基本的にいつでも清涼感のあるサウンドが彼の特徴なのかな、私はこの人の曲は一聴してどれも気に入りやすいみたいです。ちなみに今回ウチのオケではTanssinäky(舞踏の光景?)という印象派風の超マイナー曲をやるそうです。まだ楽譜が届いていません(苦笑)


こちらはピアノ曲なんですが、"Kuoleman puutarha(死の庭)"というタイトルのつけられた曲。これってやはり、タンペレ大聖堂にある同タイトルのヒューゴジンべりの絵画作品から着想を得た作品なのかしら…?


というわけで、読んでいてお分かりのようにいずれの作曲家もまだ私自身がちゃんと深く作風を勉強したり聴き込んだりしているわけではないので、地に足付かない紹介文しかかけませんでしたが、へぇシベリウス意外にもこんな作曲家がいたのね、という認識の取っ掛かりになれば幸いです。私もこちらに越してきて、いうても結構いろんなフィンランド人作曲家の作品に取り組む機会を戴いた気がしていましたが、まだまだ勉強不足、いまだつぎつぎに新しい作曲家や作品との出会いが繰り返されますなあ。たまにはブラームスやチャイコフスキーにも回帰したいんだけどね。。。

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今日は久々に少し暖かかったですね


posted by こばやし あやな at 07:32| Comment(0) | Suomi×音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月13日

知る人ぞ知るフィンランド人作曲家たち(1)

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今日から次のコンサートに向けてのオーケストラの練習が始まるということで、久々におもいっきり弾くぞーと意気込み、ほぼマイナス20度で雪も降りしきるなか、太ももをぴりぴり痺れさせながら楽器かついで自転車こいで練習場ついたら、ありゃ誰も楽器を持っていない!!
「アヤナ、メール行かなかった?今日は次期プログラム曲の聴講会だけだから、楽器は弾かないわよー」と。。。しょぼん。昨日「明日から練習再開」のメールタイトルだけ読んで、詳細確認せずじまいだったわ…

年末にも少し書いたような気がしますが、シベリウスイヤーを迎える今年一発目のオケのコンサートでは、あえてシベリウスご本人ではなく彼の影に隠れながらもフィンランドクラシック音楽界を牽引した国内マイナー作曲家たちの小品を取り上げる、というややひねくれた試み。名前すら初耳の作曲家もいたし、youtubeなどで探してもまったく出てこない曲もちらほら…。楽譜もまだ一曲はドイツから取り寄せ中らしい(フィン人の作品なのに国内から手に入らないってどういうこと!?)。愛国心に満ち溢れながらも、相当マニアックなコンサートになることは間違いなさそうです。

ということで、今度演奏する5人のフィンランド人作曲家について、2回シリーズくらいで簡単にご紹介したいと思います!

1.Robert Kajanus(ロベルト・カヤヌス) 1856-1933
ヘルシンキ出身の作曲家であり指揮者。シベリウスよりも10年ほど早く生まれていて、音楽家キャリアも先輩。実際、シベリウスは若い時から公私ともにカヤヌスからたくさん影響を受けたようで、かのクレルヴォ交響曲の着想を促したのも、カヤヌスの代表作「交響詩アイノ」だったそうだし、「エンサガ」や「ポホヨラの娘」は他でもないカヤヌスに献呈された作品だったらしい。私はまだほとんど彼の作品を聞き漁れてないけど、初期作品からすでに民族意識やカレワラ神話などから引用された主題が多いのを見る限りでも、カヤヌスはシベリウスよりさらに先に「フィンランド国民楽派作曲家」の先駆けとして民族運動を盛り上げようと頑張っていたのではないかと思われます。今度我々が演奏するフィンランド・ラプソディも、ズンドコ民族鼓舞!てな感じのわかりやすさで、シベリウスの初期作品に通ずる節が多い気がしますね。


こちら、カヤヌスの代表作といわれる「交響詩アイノ」。聞けば、ああこれでしたか!と。なんで耳馴染みがあったのか自分でもよくわからないけど。CD持ってたっけな?


2.Aarre Merikanto(アーッレ・メリカント)1893-1958
作曲家メリカントさんといえば、彼の父オスカルさんのほうがずっと知名度が高いですね。でも息子も偉大なる父に追いつけ追い越せと頑張りました。前半は若々しさにシベリウスの影響が根をはったような作風が目立ちますが、本人はスクリャービンに陶酔していたらしく、その後だんだん急進的な音楽を目指すものの、その方向性はあまり当時のフィンランドの聴衆には受け入れられなかったようで、後期は安定重視の方向に向き戻ってしまったのだとか。私自身は過去に彼の初期作品「交響詩レンミンカイネン」と、何かの余興で弦楽の小品を弾いたことがあるのですが、かっこいいんだけど結構容赦無いハイポジションパッセージを長々さらりと書くヴィオラ泣かせの楽譜が印象的です…今回初挑戦のIntradaも、今日の初聴初見だけではエアーフィンガリングで楽譜を追いきれない、なかなか手ごわい譜面のようで。。


時折さわやか系ストラヴィンスキーの小品のようなイントラーダ。中間部のヴァイオリンソロは、うちのコンマスのミーアの音にとても合っていると思うので楽しみ!

3.Edvard Armas Järnefelt(エドヴァルド・アルマス・ヤルネフェルト)1869-1958

シベリウスとほぼ同時代を生き、シベリウスに劣らず長生きをした作曲家であり指揮者。今やロシア領のヴィープリご出身だそうですが、後にスウェーデンに帰化しています。彼の妹さんが、何を隠そうシベリウスの愛した奥様アイノさん!つまりシベリウスとは義兄弟の関係にあたり、仲も良かったようです。「タイスの瞑想曲」でお馴染みフランス人作曲家マスネにパリで師事していた時期があったんですね。そんなにたくさんの作品を残してはおらず、哀愁ただよう「子守唄」という作品が圧倒的に有名なのですが、今回演奏する(これまでもわりと何度も演奏機会があった)プレリュードも小気味良くて可愛らしくて以前からのお気に入り曲です。


この曲を聞く(弾く)とまさに今のような雪がこんもり積もった晴れた日の冬の森歩きのイメージが浮かびます。

明日になるか来週になるかわかりませんが、知られざる国内作曲家あと2人はまた後日ご紹介します〜

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明日からはまた気温が再上昇するとか



posted by こばやし あやな at 06:27| Comment(0) | Suomi×音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月07日

独立記念日に聴く、劇音楽カレリア

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フィンランド、97回目の独立記念日。百寿まであと3年。そっか、トーベ・ヤンソンが生まれた時でさえ、まだこの国はロシアだったのね…。
昨年は弾丸出張で日本へ、一昨年はミッコの生まれ故郷の市のセレモニーへの演奏出張移動中あまりの悪天候(大雪)でバスが軽く事故を起こしてちょっとした惨事に、と、外でばたついてた記憶ばかりの目立つ12月6日ですが、今年は一日家から出ることもなく一日中テレビつけっぱなしで、(夕食が豚の角煮と五目ご飯だったこと以外は)まさに推奨されるような典型的な過ごし方ができました。夕方からは家にテレビないご近所さんがわらわらとうちに集まってきて、独立記念日恒例の大統領主催パーティ中継を延々観賞→やがて飽きてきたら、テレビは聞き流し程度にボードゲームや井戸端会議に熱中。ああいいねえ、こういう「正直テレビ中継も例年代わり映えしないし心から楽しんでるかと言われたらアレだけど、まあこれを口実に仕事手放してみんなとぐだぐだわいわいできるし、悪くないかな」っていう、大晦日みたいな心地、ね。

ちなみに今年のパーティのメインBGMはシベリウスのカレリア「序曲」でしたね。よく知られた組曲のほうではなく、あくまで序曲という選曲がニクい。しかもちょうど、日中はケーキを焼きながら、今日にふさわしい一枚を…とCD棚を漁って、まさにこの序曲や組曲の元になった「劇音楽カレリア」の世界初録音が収録されたヴァンスカ・ラハティ響の名盤を聞いていたところだったので、ビンゴ!

このマイナー度の高い劇音楽版の「カレリア」は、オスモ・ヴァンスカのお兄さんであられるかつてのフィンランド語の先生が、私の留学祝いにCDをくださって出会ったのですが、以来マイ・フェイバリット・シベリウスのなかでもかなり上位にランクし続けています。まだシベリウスが若手で資金難にあったころ、かつてのフィンランド第二の都市(で現ロシア領の)ヴィープリの学生組合からの依頼で、ヴィープリの長き歴史の名場面を表現した活人画につける劇音楽を幾曲も作っていました。(このプロジェクトには国民画家のガッレン=カッレラも関わっていて、それ以来のジャンルを超えた偉大アーテイストの交流については、まさに今アテネウム美術館で公開中の「シベリウスと芸術世界展」で詳しく描かれています!)

ヴィープリの歴史の名場面とは…たとえばカレワラ神話の朗誦や、北方十字軍遠征時代のヴィープリ要塞の築城や18世紀のヴィープリ包囲戦、カレリア地域の統合などなど、700年くらい年代をまたいでハイライトばかりが取り上げられ、若きシベリウスの瑞々しい感性で描写されています。そう、とにかくこの劇音楽一連はフレッシュで、爽やかで、熱っぽいのがたまらないのです!(笑)
まだ若くて、学生組合の運動に共感しちゃって、しかもたまたまこの以来の直前にアイノさんとカレリア地方に新婚旅行に行ってたシベリウスが、きっとすんごい張り切って、ヴィープリの歴史なんかもしっかり勉強して一曲一曲書いたんだろうなあ、っていう直向きさが伝わってくる。その全体的な爽やかさゆえに、夏のカレリア地方の旅路で耳にするとすごくマッチして気分が上がるのでおすすめです。

そしてその曲集の中でも、殊にシベリウス音楽の真髄と呼びたい真珠のかけらがきらきらと散らばり光っているのが、編曲版(テノールソロがイングリッシュホルンソロに置き換わってる版)が組曲の2曲目にも取り入れられている、かのバラード。オリジナルの場面は、吟遊詩人の恋の歌にヴィープリ城の王が耳を傾けているシーン(だったはず)。この曲の前半のチェロの、どこへ誘われるかわからないエチュードのような妖艶な音の駆けまわり、中間部の弦の清らかなコラール、そしてイングリッシュホルンの物悲しい独奏…どこを何度聞いても、うるっと来てしまいます。

ただ結局、後になって出来の青臭さに嫌気がさし、シベリウスはその大半の楽譜を燃やしてしまうんですよね…。幸い後世の研究家や作曲家が必死に各所にたまたま残っていたパート譜や改訂版をかき集め、補完編曲をおこない、現在貴重なCDなどで耳にできる演奏完成版が日の目をみることになったのでした。ああ、なんて涙ぐましい…というか年々輪をかけて自己批判的になってゆくシベリウスの「過去の恥ずかしい楽譜燃やしグセ」が現在のシベリウス研究家たちをどれだけ泣かせ悩ませていることか…一方では、だからこそ解釈のしがいがあり意欲を掻き立てられている研究者が多いのかもしれませんが。
劇音楽カレリアの終曲では、なんとフィンランドの国歌(※これ自体はシベリウスの作曲ではもちろんありません)がそっくりそのまんま意気揚々と演奏されます!カレリアやその代表都市ヴィープリの歴史は、この国の歴史そのものだよ!というシベリウスのメッセージが込められているかのように。

それなのに、1944年、ヴィープリは長き戦争の末やむなくフィンランドに放棄され、ヴィボルグというキリル文字の地名に置き換えられてしまいます。シベリウスも、それから1930年代にこの都市に素敵な素敵な図書館を作ってあげたアールトも、まさかその後まもなくこの街が自国でなくなることを、果たして予見などしていたのだろうか。国家が1917年に独立を果たしたといっても、そこからすぐに国に太平が訪れたわけではないし、報われず国から切り離されてしまった悲しい街や地域や人だってたくさん存在したことを忘れてはならない。

劇音楽カレリアは、まだ「そうとも知らず」長い歴史に未来の希望を見出していたシベリウスや若者たちの清純な煌きが宿っているからこそ、爽やかで聞いていて心地いいのだろうな、と今日改めて思いました。
そして、シベリウスはこういう意義あるプロジェクトをたくさん手がけているからこそ、やっぱり不動の国民的作曲家なんだとも、あらためて気付かされる。来年の盛り上がりが、とにかく今から楽しみです!
まずは今回もお話いただいた某交響楽団演奏会プログラムのコラム執筆から、いつも以上に気合入れて取り組まないと〜

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明日は珍しく家に一人。

posted by こばやし あやな at 09:22| Comment(0) | Suomi×音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月05日

来年序盤の音楽活動

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これ、倉庫ではなくお店の売り場なんですよ…私の身長よりも高く積み上げられているこのブツは、クリスマスシーズンの定番アイテム、箱詰めチョコ。ここで地震が発生して崩壊、ということはさすがにないだろうけれど、クリスマスムード一色の店内で浮かれてはしゃぎまわってる子どもが、うっかり激突してチョコの箱の山に埋もれる…事故なんかは、十分想定される気がするんだけども。

さてさて、来年序盤のコンサート予定が少しずつ明らかになってきました。少なくとも4月までに、おとなりの音楽学校の室内合奏団のエキストラ、大学オケのコンサートが2本、そしてなんとフィンランドで初の、カルテットの単独演奏会をユヴァスキュラで開催させていただきます!

大学オケのほうは、やはり2015年はシベリウスの生誕150周年を意識したプログラムを年間かけて組んでいく、とは以前から聞いていましたが、首脳会議で選曲が終わって本日回ってきた一本目の本番プログラムを覗いて、唖然…

シッべイヤー(あ、日本ではシベコンだのシベ2だの「シベ」が暗黙の共通略称になっていますが、ご当地フィン人はSIBBE(シッべ)と略します笑)の最初のコンサートのコンセプトはずばり、「偉大なるシベリウスの影にいたフィンランド人作曲家たちの小品シリーズ」!!!

…というわけで、プログラムには一曲もシベリウスの作品は入っていません(笑)

さらにそのラインナップが強烈。ヤーネフェルト、クラミ、メリカント…ふむふむ、このへんまではもちろんついて行けますよ、で…
マデトヤって誰!?カヤヌスって誰??

…すごいなあ、これでも結構マイナーなフィンランド作曲家らの作品は、独立記念日の演奏などに関わるたびそれなりに消化してきたつもりでいたけど、まだまだ名前すらピンこないシベリウス同世代作曲家もいらっしゃるのね。。
軽く調べてみたら、とくにカヤヌスはサウナがらみの面白いエピソードなども出てきて、なかなかおもしろそうな人物。曲はまだチェックしていませんが…来年しっかり勉強させていただきます。
そろそろ頼んで首席を降ろさせてもらうか、大学現役の間までは頑張るか、ちょっと悩みどころですが、いずれにしてもシッベイヤーのコンサートはしっかり思い出参加したいと思っています。

さてそしてカルテットの単独演奏会というのは、今秋にユヴァスキュラ市にあるフィンランド手工芸美術館のキュレーターさんから突如連絡が来て、来年に日本のポップカルチャーに関する展示が始まるので、その期間中に何度か開催予定の、日本の若者文化を広く知ってもらえるような特別レクチャーやイベントの企画書を出してみないか(企画が通れば助成金も多少はあり)、という話をいただきました。我らJYJY(ユヴァスキュラ大学の日フィン交流サークル)からは、アクティブな交換留学生たちがグループを作って案を束ねているのですが、私は今回そちらからは身を引き、そんないい機会があるならぜひ!と、うまくアイデアをかこつけて、美術館に弦楽カルテットのオリジナル演奏会のスポンサーになっていただくことに成功したのです!

と、いうわけで、今回弾くのはもちろんクラシックではなく、アニソン&ゲーム音楽縛り!とはいえ、世の「才能の無駄遣い」の世界に生きる方々の作り上げてきた文化に恥じぬよう、編曲も完成度も高みを目指しています。どんな曲をやるのかといいますと、フィンランド人でもよく知っていることが大前提なので、こちらでも人気のエヴァや進撃の巨人などのテーマ、ジブリの名曲、ポケモンやマリオ、FFのBGMメドレーなどなど、幅広く、盛りだくさん!…といいつつ実は私自身がアニメやゲームの世界に疎いので、曲のラインナップなどは周囲の自称オタクフィン人たちの監修を受け、練習でもアドバイスをいただいています(笑)

カルテットメンバーは、私がソロでもアンサンブルでもとても信頼をおいている韓国人の友達ユンヨーと、普段は横でビオラを弾いている一番良き長き音楽友達アンナ=カイサ(彼女は音楽学校でビオラを主専攻にしているけど、一緒にカルテットをやるときはいつもセカンドをお願いしている)、そして今回、以前からラブコールを送り続けていてようやく初共演が叶った、私と同じくこちらの人と結婚し大学に正規入学しているチェリストのはるかさん。私の音楽歴ではとても珍しい、女子だけの華やかなインターナショナルチームです。練習は日、韓、英、フィン語の四カ国語が随時飛び交う(笑)
そして、うっと弦楽アレンジだけでも聞いている方もつまらないだろうということで、演奏曲のうちの何曲かは、我らがディーバのカティが日本語で歌を入れたり、ミッコにパーカッションをお願いしたり、JYJYのメンバーに吹奏楽器をお願いしたりと、アレンジもさまざまです。
ただ一貫して今回のコンセプトは「アニソン&ゲームを、クラシカル楽器ならではのサウンドとアレンジで」という点なので、編曲は奇をてらわず、けれど音色は私たちの楽器ならではの響きと豊かさを尊重して、3月の本番までにじっくり音を紡いで行きたいと思っています。また日が近づいたら告知させていただきますね!

そうそう、曲が曲なので、今回の演奏会はもちろん無料です。日本では例えば任天堂など、プロ・アマ問わず(著作権料など関係なく)、有料の演奏会ではサウンドトラックの曲の演奏を一切禁止しているのです。つまり、そうした版権サイドが主催したりGOサインを出すような特別コンサート出ない限り、ゲーム音楽や一部アニソンというのはプロの音楽家たちが稼業で演奏することはできない、ある意味で禁断のテリトリー。無料コンサート開催の可能なアマチュアこそが、入場料を取らないコンセプト演奏会を立ち上げ積極的に舞台上で再現し、こうした特別ジャンルの音楽をライブ演奏としても受け継いでゆくことができる、というのがなんとも皮肉で、でもアマチュアの気迫凄まじい日本らしい、とも思う。

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おっと今日は祝日前日、買い出しを忘れずに!

posted by こばやし あやな at 08:29| Comment(0) | Suomi×音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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