2015年06月02日

最近の幸福感について

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またもや日記から遠ざかった一週間となってしまいました。最近の己の傾向からだんだんと自分でもわかってきたのは、昨今、長年自分の生活において重心を置いていたものごとやより心地よいと感じる環境・時間の使い方がぐっと変わってきたんだなあということ。単純に、「書いて寝る」よりも楽しい夜のひとときの過ごし方、「書いてストレス発散する」よりも心を穏やかにできる人付き合いに支えられた日常を、手に入れてしまったのだなと感じます。忙しいから書かないというのは私の中ではしょせん表面的な言い訳で、ここ10年来どんな忙しい日でもブログを書く日はいくらでもあったし、書きたいという衝動があるかどうかなんですよね、結局。

日記帳でなくブログに書くということは、私の日常や考え事を世界の誰もが読むチャンスを作るという行為に他ならないので、ただ自己のために書くだけでなく、無意識であれ作為的であれ「誰かと共有したい/してほしい/させたい」という欲求に基いているのは確かです。そして最近の私の心の中では、その欲求がかなり消極的になってしまったというのが正直なところです。
私の場合メインのお仕事も基本は同じ作業なので、普段から人にあれこれレポートしすぎて疲れ始めてるのかもしれないけれど、一番自覚があるマインドは、誰に知っててもらう必要もひけらかして満足する必要もない、ただ自分自身(と声の届く周りの人たち)が感じたり知っていたらそれでいい、という自己充足感に、寝る前にすでに十分心が満たされているのです。

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単純に最近、私はすごく幸せだなあと恒常的に感じています。パートナーシップもしかり、仕事づきあいもしかり、友情もしかり、フィンランド在住4年目にして各方面で本当にステディな関係が作られてきていて、さらに新しいことに挑もうとするときでも「迷ったり失敗しても自分を支えてくれる心強さ」が身近にあふれていることを強く感じながら、毎日を生きています。
もちろんいつまでもここは異国で私は移民だけれど、最近は外国人であることの物理的・制度的な障壁を苦痛に感じたり不平不満の対象にすることがほとんどなくなったし、言葉や振る舞いの面で無理をしたり我慢したりすることも少なくなった。もちろん暮らしを紡ぐ上で、通じない思い、通じない相手には次々に出会うわけだけれど、「あの人がわかってくれるから大丈夫」と、すぱっと開き直ったり、自分を慰めるのがうまくなったのかもしれない。現実に余裕があるわけでも悩みがないわけでもないんだけれど、人との接し方、お金の使い方、自由な時間の作り方、その使い方、将来の思い描き方…そうした自分の振る舞いひとつひとつが、前よりも自己肯定できる、愛おしいものに変わってきているなと、素直に思えるのです。

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そしてそんなふうに自分自身と楽にそして楽しく付き合えているのは、とにもかくにも一番身近な人たちの温かい眼差しのおかげだなと思います。裏を返せば、今まで1人で遠出ばかりして新しい物事や出会いばかり求めて、心細く頑張りすぎていたことが多すぎたのかもしれない。
昨日は、元同居人のカティに誘ってもらって、珍しくミッコを置いてきぼりに、一日女2人で日帰りデートに。とある事情で一日手に入れたスポーツカーで田舎道をぶっとばし、新緑が輝くテラスでご飯を食べて、倉庫で楽器弾きまくって、夕方はサウナ(と湖畔)でなんと3時間弱も素っ裸で過ごしたのでした。国籍違えどアラサー同士、どっちもがどっちもの言語を理解できる類まれな親友同士、持ってきてた薪をすべて燃やしきるまでひたすら汗をかき、そして喋り尽くせて、すごく心が軽く温かくなりました。最後に服を着ながら、(私同様最近は仕事でラボかチェルノブイリに缶詰状態の)カティがぼそっと「さいきん研究や仕事で頑張って給料もらって、自分が誰かや何かの役に立ってるなと感じたりすることは多いけど、長く深い関係にある家族や友達の役に立ったり助けてもらったりすることがすごく減ったと思う。」と呟いていて、ブログやSNSを通じて他人への自己PRや共感を誘うことで人との繋がりや幸福感を得、現実世界では自分自身や、新しい物事や、いつまでも自分の芯部をさらけ出せない人とばかり延々向き合っていく日々の危うさをぼんやり考えさせられました。

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今日はミッコの記念すべき初給料日。この二ヶ月、面倒を見てくれる上司的存在の人がネット越しにしかいない環境下で、なれないビジネス日本語に四苦八苦しながら、彼は本当によく食らいついて頑張っていたと思います。週末にはそのお給料で私と両親を街一番のレストランに招待してくれるそうですが、今日は2人でワインをあけてプチ祝い。今はたんぽぽとともに私の(名前の)象徴花である野生の菜の花が満開のシーズンなので、家の前に咲いているのをいくらか手折って、黄色一色のテーブルセッティング。オリーブは、昨日までギリシャでバカンスだったミッコパパ&ママからのおみやげであります。それらしく写真を乗せてはいますが、さっき片付け前に残っていたものだけを寄せ集めて無理にファインダーに収めた「なんちゃって記録写真」です。文字通り、間抜けです。乾杯の前に、「あ、ちょっと一枚写真を…」とか、最近もはや頭の片隅にもわいてこない。。。一応、人生にもう二度と巡ってこない記念すべきパーティだったはずだけれどなあ。

その瞬間瞬間に没頭しすぎて、結果的に写真に撮り忘れたり書き留めそびれて、あとあとタイミングよく思い出せないあやふやな記憶として脳の何処かに押しやられるのはなんか物寂しいし、主に「書く」ことでしか何かを表現したり残したりが自分にとっては、ブログから離れていく生活はもちろん不本意なことではあります。でも、たわいない日常も、ちょっと非日常の瞬間も、忙しく苦しい時でも、大きく羽ばたこうとしている時も、その一瞬一瞬に没頭している最近、以前に増してしっかりと自分の心で「幸せ」を感じられるのなら、無理に以前の「書き留めて寝る生活」に向き戻る必要もないのかなと思っています。
しばらくは気ままに、書きたい時だけ、どどっと書いたり書かなかったり、現在の自分の欲求に従いつづけてみたいと思います。あまり以前のように有益なフィン情報や日常公開も期待できないと思いますので、読んでくださる皆さんもまた、気ままに気長にお付き合いいただければ、嬉しいです!

ayana@jyväskylä.fi


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とはいえ、前回書きかけていたことは、備忘録としてもぜひ残しておきたい新体験だったので、これは近々書き出したい!と思っています。さていつになるかな?



posted by こばやし あやな at 07:33| Comment(4) | Suomiで考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「ブログやSNSを通じて他人への自己PRや共感を誘うことで人との繋がりや幸福感を得、現実世界では自分自身や、新しい物事や、いつまでも自分の芯部をさらけ出せない人とばかり延々向き合って[…]」というくだり、痛いくらい納得&共感しました。

と、共感を表明することは、あやなさんの文面の本意に反しちゃうのかどうなのかちょっと躊躇しましたが、この場合、共感も自分の反省とこれからの積極的行動につながるプラスの意味があると思って、多少自己中な理由ではありますが、コメントしました。

単純にここで書いて伝えたいことがある、となった時、また更新してね。あやなさんの文章好きなので、気長に待ってます。
Posted by marimi at 2015年06月02日 16:36
わあmarimiさん、温かいお声をありがとうございます!!そしてお返事が遅くなり申し訳ありません。もちろん、書くからには、読んでくださり共感したり持論をお聞かせくださる読者あっての行為ですから、嬉しいです!!旅行から帰ったら多少は久々の海外旅行記を書きたいなと思っていますので、待っていてください。
Mukavaa juhannusta!!
Posted by Suomiのおかん at 2015年06月16日 21:04
フィンランドのことを知りたくて検索していたらここのブログにたどり着きました。
順を追って読んでいますが、上記部分、同感です。
文章力があるあやなさんのおかげで、言いたいことが的確に表現されていると心が解放されます。今後ともマイペースでやっていってください。
Posted by あーちゃ at 2016年12月17日 23:01
あーちゃさん、コメントありがとうございます!ここにコメントをいただいたのをきっかけにちょっと前の自分の文章が目に触れて、気恥ずかしくなると同時に、自分自身も着実にいろんな経験や思いを積み重ねながら進み続けているんだな、ということが実感できました。ブログはこのとおりマイペースが過ぎる頻度ですが、facebook公式サイトのほうはそれなりに頻度も高く、有益な情報も流していますので、覗いていただければ嬉しいです!
Posted by  Suomiのおかん at 2017年01月02日 09:14
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