2016年01月25日

涙なしに語れない卒業までの道のり(2)

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前回の続きのお話です。

「苦節4.5年、どうやらようやく、私のユヴァスキュラ大学院修士課程での修了・卒業が内定したらしい!!」

…いろいろワケありで自力だけで導いた修了とは言いがたいんだけど、それでも修了は修了ですっ(嬉涙)…という、その「ワケあり」部分の暴露日記の後半戦です。賄賂で単位を買ったとかそういうきな臭い話ではないので、ひょっとしたら今後フィンランドに正規学生として留学する方々の参考になる情報があるかもしれないし、後編は特に、世界に誇るフィンランド教育の特徴というか真髄が浮き彫りになったエピソードとも言えるので、そういう視点からでも「こんなことがあるのか…」と楽しんでいただけたら嬉しいです。
別に読み飛ばしていただいてもまーったく差し支えないのですが、一応まず前編(こちら)をご一読いただければ、ここまでのあらすじも追っかけることができますよ〜

*****
空前のフィン語作文アレルギー発祥で、どうにも残り2つのレポートに手をつけることができなくて、ドロップアウト(受講講座からだけでなく、大学院の修士課程そのものからの)を真剣に考え、離脱準備を進めていた冬休み。一番初めに心境を打ち明けていたミッコには、「レポートくらい、日本語でわかりやすく内容喋ってくれたら僕が全部翻訳して書いてあげるから…」となだめられ、でもさすがにサラリーマンに25ページのレポートのゴーストライターになってもらってまで卒業したいという気も全く無くて、丁重にお断りする日々。
大学友だちやオケ仲間にも、学食などで会ったときに少し話を聞いてもらったのですが、みんな「それなら全然無理する必要はないよ」と労ってくれながらも、「でもまだ在籍はしておいて時を待つのでもいいんじゃないかなあ。また突然やる気や体力が戻ってくるかもしれないし。」という、学費なし・手当の十分すぎる大学生ご身分を謳歌するフィンランド人ならではの見解がほとんど。ただ、何人かの友だちがそれとは別に、「フィンランドの大学はもちろん要件単位は細かく決まっているけれど、個々人のいろんな事情で、すでに取得した余剰単位の読み替え申請や、特別単位を出してもらうことだってできなくはないよ。だから結論を出す前に、まずはアマヌエンッシに相談に行くのがいいんじゃないかなあ」というアドバイスをくれました。

アマヌエンッシ(amanuenssi)というのは、大学の学部内の、さらに学科ごとに設置された教務部で、学生の単位や学位習得に関する監査やカウンセリングをしてくれる人のことです。個々の授業の単位認定は、もちろんその担当教官が処理を行ない、随時成績証明に反映されていきますが、アマヌエンッシは、学生が取得した単位の書き換えや読み替え、さらには新しい単位の「創出」までを司る、まさに神か閻魔大王か、という存在なのです。

単位の読み替えねえ…と、自分のこれまでの成績証明を眺めながらぼんやり思案にくれていたとき(これも前回書きましたが、私は必修科目の要件単位が足らないだけで、単位数自体はいろんな学科に浮気しながら要件数より20単位以上多く取ってあります…)、同じ街の別の大学(応用科学大学、以下JAMK)に通う友だちから耳寄り情報を得ました。少なくともJAMKでは、過去に通っていた大学なり専門学校で同類の授業を受けて単位を取ってる事を証明できたら、今の学校での取り直しは免除される…というもの。それ、ひょっとしてうちの大学でも認められるのかな…?だとすれば、私は日本の大学院でも今取りこぼしてる授業とタイトルだけ見ればほぼ同等の授業単位を取っているので、それを見せたら免除されるかも…

ということで、こんなこともあろうかと?移住前に母校で2部もらってきてあった英語版の修了証明と成績証明を引っ張り出してきて、そのスキャンデータとともに、アマヌエンッシのユハに嘆願のメールを書いてみました。「論文も出したし、卒業したいのは山々なのだけれど、もう自分の実力や体力に限界が来てしまいました。この過去の大学の取得単位の読み替えが認められないようなら、あとは大人しく中退の道を選びます…」と、本音としたたかさを全てさらけ出し…。
ユハからはなんと30分もしないうちに、長大なメールが返ってきました。しかもどうやらこの短時間に、しっかり私のこれまでの取得単位一覧を調べて、すぐに対策を検討してくれたみたい。ううう、さすが芸術学科生の誰もが「こんなにも仕事が迅速・敏腕なスタッフはフィンランドにそうそういない」と日頃から絶大な信頼を置く我らがアマヌエンッシ、ユハよ。。

しかもその返答には、

「(まず冒頭にここまで非母国語でしかも仕事と両立させながらよく頑張ってきたね、という泣かせてくれる労いの言葉が続いた後に、)悪いニュースと良いニュースがあるので、まずは悪い方から。残念ながら、うちの大学では過去の大学の修了要件単位として使った単位の読み替えは認められない。したがって、日本の大学で取った単位はここでは使えない。けれど良いニュースは、私は幸い必要数よりかなり多い単位を取得しているし、事実としては全大学で同等の内容を学習済みということはわかったので、取り残された10単位のうちの5単位分は、余剰単位で読み替えることは可能。さらに残りの5単位は、もし君がこれまで学業の傍らでフリーランスでやってきたという仕事が、『この大学の学科で学んだことを活かした職業である、あるいは仕事の成果が学業にも良い影響を与えてくれた』ということが客観的にわかるレポートを5ページくらい書いて僕を納得させることができたら、専門必修単位に読み替え可能な"job training単位"を5単位あげるけど、どう?」

…と、まさにこれまでの悩みや苦しみの煮詰まった鍋をかぱっとひっくり返してくれるかのような、画期的な救済案が提案されていたのでした。

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仕事と、学業。思えばこの数年の私の生活は、この二つの両立に苦しみもがいてばかりでしたね…。けれど、それぞれがスケジュール上で拮抗していただけかといえば、それは全然違う。私は文系や人文学部が役に立たないと軽視されることがずっと嫌だったし、そんなはずないという確信を持っていろいろじたばたしてきた末、今の仕事にたどり着きました。日本の文学部にいた時からも、絶対この学科に身をおいていたからこそ体験できたことや、出会えた人からの教えや、身についた思考力・文章力・アウトローであること恐れない度胸(笑)を武器に、社会のどこかしらで役に立ちながら、かつ絶対幸せな人生を送ってやると息巻いてきたし、その理想をこれからどうにか満たしていけそうな手応えも、今少しずつ蓄えられています。

どんな未知の世界を取材するときでも、娯楽番組をコーディネーションするときでも、誰かの何気ない言葉を通訳翻訳するときでも、人間らしい知性と温かさだけは、ぶれない軸として大切に保ち続けなければいけないと常々思っていて、その軸の芯部を形成してくれたのは、他でもない、O阪大学とJキュラ大学で書き続けたレポートであり論文であり、教授をくださった先生方であり同僚たちだったと、つくづく思います。もちろんそれに加えて、こんな超短期で私のフィンランド語をそれなりに使い物になるレヴェルに育て上げてくれた言語学部の先生方や、日々の先生であった大学の友だちへの感謝も計り知れません。

…とまあ、レポートではこんなアイドルの卒業スピーチ的な想いをそのまま書き綴ったわけではもちろんなく、これまで関わった取材やロケのプロジェクトのなかで、内容や取材プロセスにおいて人文学や芸術教育学の知識や考え方が応用された事例をいくつか紹介し、日本とフィンランドという異文化をまたいでメディア・コーディネーションやジャーナリズムの仕事に関わるうえでの気付きや諸問題を提議するような内容のものを提出しました。なぜか今回の作文作業だけはするするとはかどり、人生最後のレポートは、なんとたったの半日で仕上がってしました。あれ、5ページをこんなにさくっと書けたんなら本来のレポート2つくらいどうにかなったんじゃない?という疑念が自分でも一瞬よぎりましたが、まあこれは、大半が事業報告レポートという書きやすい内容だった上に、マラソンでゴールが見えてきたときにこそ発揮しうるラストスパ―トってやつだったんですよね、きっと(笑)

例によってユハからは30分とたたないうちにメールが返ってきて、「レポートすっごい面白かったよ!フィンランド人でも就職難の今の時代に、自分のバックグラウンドや能力が活かせる天職がみつかってよかったね!あとはこっちで単位処理しておくから、学位希求のオンライン手続きをして、シャンパン冷やして待っときな!」と、なんだか急展開に対しての彼のノリの軽さに、あららこれはひょっとして夢なんじゃないか…と、にわかに信じがたいような複雑な気持ちに。(ちなみにそんなユハの、大学HPに載せられたプロフィール写真はこちらですww入学当初はこんなパンクな人に自分の単位預けて大丈夫なのかと私も周りもみんなビビってましたが笑。)

ともあれ数時間後にはちゃんと大学から単位確定のオフィシャル通知メールが届いて、これにて、めでたく、ユヴァスキュラ大学修士過程修了が確定したのでした。

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今回の一連の対応やプロセスを経て、自分でもあらためて、単位って、大学での勉強って何なのだろう、ということを(最後の最後で)考えなおすきっかけを得ました。

少なくとも日本の大学では、大学外でのバイトや仕事の実績や頑張りが単位と互換されるということは考えられないし、担当教官が生徒個々人の事情をヒアリングして、自宅学習課題やレポート締め切り延長など単位取得のための代替案を提案したり、それぞれの単位を出す教官以外の人が、その学生の習熟度なり境遇を推し量って単位を創出・コントロールするという行為も、信じがたい目で見られることでしょう。

でも一方で、単位の価値の不公平性って日本のほうが顕著だったとも思うのです。うちの大学は、大学全体の傾向として「地中に埋まった単位を掘り起こさねきゃならない大学」と関西圏で揶揄されてたくらい単位には厳しい大学だったみたいですが、それでも入学したらまずどこかの専門サークルが作っている「講義情報(と名のつく、先生や教科による単位の"取れやすさ"を分析、可視化した一覧ノート)」を入手し、単位に甘い先生をターゲットに少しでも楽して単位を稼ごうとするのが普通でした。
こちらの大学では、どんな教科や担当教官であれ単位がもらえるまでの課題量やその難易度は、マニュアルもあるのではと察するくらい比較的均衡がとれていて、この先生だから単位が取りやすい、というのは聞いたことがありません。そもそも生徒も、単位の取れやすさよりは先生や授業の質の良さを確実に重視します。昨年度の授業の内容の評判を聞いて選択科目を選んだり、あるいは最初にその先生に「こんな授業を希望する」という要望を伝えたりするくらいです。
様々な事情で(たとえそれが「大学外での仕事が忙しくて…」であったとしても、)どうしても人並みに授業や単位取得プロセスについていけない人にたいする代替案も、それ相当の別課題を課したり、その時間で学ぶ内容の習熟度があるかを判定するのは絶対です。ですから、それらは「えこひいき」と言うのとは違います。

ただ、個々人が何かを学ぶそのプロセスやアプローチ方法には固執しない。その人にとって結果的に学ぶことがあったならそれでいいじゃない、という柔軟さが、フィンランドの(おそらく大学教育に限らず)教育現場での基本スタンスなのでしょう。単位は、その一つひとつの学びにたどり着いた証にすぎないもの。
ある目標地点への到達までの個々人の足並み(プロセス)をシステマチックに揃えさせるのは、ある意味簡単です。同じ現場に呼び寄せて、同じ説法を聞かせて、同じ課題を同じ時間にこなさせて、その最終結果だけを個別判定すれば良いのですからね。そのプロセスについてこられない人は、去る者追わず、自発的にドロップアウトしてもらえばいい、というスタンス。
一方、こちらの大学の先生達やユハがやってくれたように、一人ひとりの事情に耳を傾け、一緒に代替措置を考えて応じるというのは、当然ながら、その分だけ余計に考えるべきことが増えてしまうし時間も手間もかかります。でも、そういう個人的なケアまでを面倒がらずとことんやってくれるスタンスに救われ、やる気や学ぶチャンスを失わずにすむ学生はたくさんいるはずです。大学というのは、義務教育でもないし、最初の試験によっておよそ同等の能力を持った人たちが集って来る場なのでこの言葉がふさわしいかわかりませんが、大学教育の場においても、ごく自然にインクルーシブ教育の考え方が根付いている、というイメージでしょうか。
そもそもこちらの大学は、社会人を経て再入学する人もいれば、私のように仕事をする傍らで学位を取ろうとする人も多いので、学生一人ひとりの目的意識やニーズ、バックグラウンドにはかなりばらつきがあるのも事実。大学はまさに、そういう事情をカバーするインクルーシブ教育の実践の場となっているのかもしれません。

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もうひとつ私の事例からも特筆すべきなのが、大学側が、学生の大学外での職務体験に対して寛容であり、かつ大学での学びとワーキングライフ(や、大学以外での人生)との接点を肯定しフォローしてくれるスタンスです。特に日本の文系学部の場合、そもそも大学側が、学生がこの学科で学んだことを就職先で活かしてくれるはず…ということを端からあまり期待していない消極的なムードを感じます。どうしてもこの分野の研究を極めたければ修士・博士課程へ…でもいずれ就職する気ならできるだけ進学は考えるな。そして就活では大学での自分のフィールドに固執したり職務内容を選ばず、広く数多くやりなさい…という指導方針に乗せられます。社会が「不要だ不要だ」と口を叩く風潮に、実は文系学部自体も社会に果たす役割に自信をなくしている雰囲気があるのではないでしょうか。
実学的でない勉強をしてきた人が、その後の就職や人生に大学時代の実績やこだわりをまったく発揮できないというのはやはり寂しいことだし、大学の学科側が「結局世の中そういうもの」という雰囲気を否定しなかったら、ますます非実学叩きに歯止めが効かなくなりそうです。

私が今回行使してもらった"job training単位"というのは、規定として大学での専攻分野での勉強が活かせる仕事やジョブトレーニングに規定時間数以上従事したことを証明し、その意義を客観的にプレゼンできれば誰でも申請可能な単位らしいです。学業の一環そして職業訓練の一環として、自分自身で意義のある職を見出す、あるいは職に意義を見出す…という作業も、特にこういう学部だからこそ大切な経験やそのきっかけになるのでは、という気がします。人生に一貫性など別にいらないと思うけど、特に大学という、ある意味時間と心身を一番自由に贅沢に使え、知りたいことを心ゆくまで学べる特別な期間に、自分が何を身につけたのか、そしてそのおかげでこれからの人生をどう変えていけそうか。その動線を自分自身で確かめることで、さらにそれを大学側に認めてもらえることで、自分のこれまでとこれからに自信を持って、前向きに次のステップへと進んでいけるような気がします。

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学び方は、人それぞれ。学んだことの活かし方も、人それぞれ。
フィンランドでの大学生活の総括は、そこにつきます。
こんなふうに、人生でもう一度学生生活を過ごせたこと、それも日本では知り得なかった学生時代を謳歌できたことはとても幸せなことでした。長い人生、ひょっとしたらまたここに舞い戻ってくることもあるのかもしれませんが、ひとまずはここで一呼吸つき、ここからまた新しい道を歩き始めてみようと思います。
ま、ノマドワーカーにとって大学図書館ほど居心地よい場所もないので、しばらくは私の第二の作業場のままかな〜笑

今回だっと書き綴ったこと以外にも、「フィンランドの大学教育」について、実際に身をおいたり数々の視察のお手伝いをしてきた経験から書き留めておきたい事項って、実はまだまだあるので、一応夏までは学生証も有効だし(笑)、折にふれてそういうトピックも書いていきたいなあと思っています。

ちなみにここまでのBGMならぬバック・グラウンド・ピクチャーは、一応内容に沿って通学路の風景限定でお送りしました。肝心の学び舎がひとつも写ってないけど…

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ここまでの長文を完読してくださった方、本当にありがとうございます。
posted by こばやし あやな at 23:08| Comment(0) | 大学院生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月20日

涙なしに語れない卒業までの道のり(1)

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さて突然のご報告ですが、苦節4.5年、どうやらようやく、私のユヴァスキュラ大学院修士課程での修了・卒業が内定したみたいです!
ここに来てまで「どうやら」とか「したみたい」とか、さも他人事のような頼りない書き方をしているのは、フィニッシュの仕方が、自分でちゃんと人並みにすべての要件単位を揃えてこれみよがしにゴール!したのではなく、これまで取得した単位内訳では本来なら修了資格はないはずなのだけど、いろいろな裏事情や特例が絡みつつ最後は頭も下げてどうにかしていただいた、という感じだったからです…。別に、賄賂を渡して単位を買ったとかそういう不明瞭な事情ではないので(笑)、これが今後フィンランドに正規学生として留学する方々の参考になるかはわからないけれど、その始終をここに書きとどめておこうと思います。

まず、これは日記にも書きましたが、昨年末に修士論文は提出して受理され、40クレジットは取得済みでした。ただ普通は、まず最初の1,2年でそれ以外の必須単位を揃えておいて、それらの目処がついたタイミングで論文執筆にとりかかる、というのが一般的な流れです。日本の大学でも、そもそも卒業要件単位が揃っていないと修士論文は受け付けてもらえなかったと記憶しています。けれどこちらでは単位集めが修論提出の前提とはなっていないので、私は昨年度のスタート時点(9月)で本当はまだ15クレジット(半年のクラス3講座分)残っていたのですが、先々の人生計画も念頭に置いて、まずは論文作業を終わらせることにしました。

15クレジット足りないとは書いていますが、実は単位数だけで言えば、実は私はもはや修士過程の要件単位数をはるかに超過して保持しています。。フィンランド人とフィンランド語でのゼミで勉強するかたわら「第二外国語としてのフィンランド語」を副専攻として登録し、フィン語を母語としないけれど将来的に生活や仕事で積極的に使いたい人のための各種クラス(文章執筆とかリテラシーとかビジネスコミュニケーションとか)をいろいろ取っていたからです。さらにうちの大学の場合、基本的には主専攻と副専攻以外の学科の講座などを単位習得前提で受講するには事前に特別な登録をしたりと面倒はありますが、個人的に目的を明らかにして頼み込めば不可能ではありません。それをいいことに、私も音楽学科、ジャーナリズム学科、コミュニケーション学科などさまざまな分野の授業にも首をつっこんでいました。
ただ、私の主専攻はあくまで芸術教育学。ゼミの修士課程者用の上級科目から、少なくとも40単位分は稼いでいなければいけません。(参考までにフィンランドの大学の学士および修士課程の単位区分は、Y=yleisopinnot(一般教養), K=kieliopinnot(言語), P=perusopinnot(基礎), A=aineopinnot(専門), S=syventävät opinnot(専門上級)と分かれていて、修士課程はS単位を中心に集める)さらにその半分くらいは具体的な必修科目も指定されています。この細かな指定は「興味のあるものから幅広く」趣向の日本の文学部ではあまり聞かないですね。

私は、9月時点でこの専門単位があと10クレジットつまり2講座分不足してることはわかっていました。じゃああとの5クレジットは?…この辺が一番謎めいてる話で、私はいわゆる留学生のようにイングリッシュマスタープログラムに在籍しているわけでもないし、現地語履修なので扱いとしては正規扱いです。が、もしそうだとしたら第二公用語のスウェーデン語を履修していなければいけないし、留学生として見なしてもらうには、EU圏外の国籍を持つ学生に課されるフィン語の中級レベル取得や第二、三言語取得など、更にいろいろ特例が課される可能性もあるのです。
正直、このあたり大学文学部の芸術学専攻グループに前例がないことゆえ、教務に聞きに行っても返ってくる答えがバラバラ。私もまあいざとなれば、フィン語だって上級クラスを一通り履修しているんだしなんとかなるだろうと高をくくっていました。ただ、どうやらやっぱり整合性のために、もうひとクラス専門科目を多く履修することでカバーしてくださいという結論になったらしく、こうしてトータル3講座分の専門単位を取らなければならない、ということが昨年9月に判明しました。明らかな留学生用ゼミではない枠で留学する皆さんは、入学時点で、スウェ語などについては留学生扱いしてもらえるのかなど、教務にしっかり掛けあって正式回答を得ておくことをお勧めします…

ともあれ、しかたがないので昨年9月に残りの3教科を履修登録し、仕事と論文執筆の合間をどうにか縫ってきちんと出席もしたし、出張でどうにも出られない場合の代替課題も全て提出したし、中間発表などもちゃんと卒なくこなしました。ただ、文学部の講座の最終単位判定にファイナルテスト実施はめったになく、10〜15ページのレポートで成績がつけられることがほとんどです。もちろんそれまでの出席数や中間発表などは最終レポートの提出資格に響いてきますが。
講座の開講期間によりますが、多くの場合、秋学期のレポートの提出期限は年明け。私は3つのうち1つだけが年内で、あとが年明けとなっていました。

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閑話休題…最近ずっとシャレにならない寒い日が続いてる。毎日マイナス30度あたりをうろうろ。それでもこんな格好でなら外出歩いて自転車も乗れちゃいますよ、という捨て身の自撮り図。

さて、ようやくここからが「個人的な事情」発動の発端と経緯となるのですが…、これも以前論文執筆のことを記した日記で吐露しましたが、実は私は80ページを超える長大なフィン語論文の執筆課程で、何度も体調を崩しかけました。体調というか、それはもはや精神バランスの問題。曲がりなりにも物書きである自分が、仕事と論文を両立させるうち、つまりある時はフィン語思考モードで小難しい文章を書き、ある時は日本語モードで一般読者用の文章を書き…という作業を交互させているうち、自分の思考モードの切り替えがとっさにできなくなってパニックになりかけたり、自己表現が楽にできる日本語作文のあとで歯がゆさの連続であるフィン語作文に手を付けると、言いたいことがちゃんと表現できていない気がして、ものすごいストレスを感じるようになってきたのです。この精神の不衛生さは、如実に身体の不調にも現れ、正直かなり辛いものでした。昨年末は出張が多かったからまだ救われていたというか、ひとたび書き仕事から離れて日本語メインで仕事をするうちはすぐにけろっと良くなっていたので、原因は明らかでしたね(笑)

とにかくそんな状態で論文はどうにか出したものの、残る3つのレポート…総計枚数35ページだから、なんだかんだあの論文の半分近い枚数をまた書けってことでしょう…。正直、これに今手をつけるべきか、身体をいたわってもう一年見送るか(後期に同じのは開講されないので…)、悩みに悩んで、とりあえず年内締め切りのものだけは、うんうん苦しみながら書ききりました。もはや今論文書いていたとき以上にフィン語作文絶不調期にあることを再認識。もうダメだ、もうこれ以上無理して何か書こうとしたら、年明け早々再起不能になってしまう…と直感で危惧し、かといってこれによってまた進路が予期せぬ方向に進む(てか留まる)ことを考えるのもまた憂鬱で、結局、残り2つのレポート及び単位のことはいったん記憶の底に封じ込めて、年明け早々ありがたくも各方面からお声掛けいただいた仕事のほうに専念することにしました。

とはいえ、忘却の彼方に追いやって解決するわけでもない卒業問題…。実際自分の中ではある程度もう答えが出ていました「ここまでよく頑張ったし論文も良い成績をいただけたのだから、自分の限界を認めて大学を中退しよう」と。もちろんここフィンランドでは8年という上限はあれど大学の在学期間で人生に傷がつくこともないし、変な目で見られることもまったくないし、そもそも学費もかからないので困ることはとくにない。むしろ学生身分で、住居面や交通費面などいろいろ得してしまうのも事実。
ただ、自分でも予想外にワーキングライフが早く軌道に乗ってしまったこともあり、正直このままずるずる伸ばしても、来年もまた同じことを繰り返すだけのような気がして、それならすっぱりと潔く切り捨てたほうが、もっと身軽に次のステップに踏み出せる予感がするのです。
自分はこれまで一度もそんな選択はしたことがなかったけれど、世の先人いわく、世の中諦めも大事。Filosofian maisteriの称号だけなら既に日本でも取得しているんだし、少なくともこちらの大学のアーカイブに論文は残せたんだし、もういいじゃないか…。

と、一人その意思を固めて、大学の春学期が始まったらその旨を教務に伝えに行く気満々でいました。
が、それが周囲の方々からの思わぬ助言と援助により、わずか3日でまったくの別方向に転換してしまうことになったのです…

なんだかもう書く方もダレてきそうなくらいここまで長くなってしまったので、続きはまた明日(か次回パソコン前で自由時間を過ごせる時に)!(笑)

ayana@jyväskylä.fi


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posted by こばやし あやな at 22:52| Comment(0) | 大学院生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月06日

新年こんな感じで始まりました

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新年明けましておめでとうございます👤
たまには「おめでとうございます」の語尾にふさわしい絵文字でも挿入してみるか…と登録されているアイコンをざっと見たのですが、ツリーはあっても新年らしい絵柄が見当たらなかった。。

久しぶりにフィンランドで過ごす年末年始。大学友達とわいわいホームパーティをして、花火打ち上げて、カウントダウンセレモニーに行って、ばっちり昼間で寝正月…の何の例外もない典型的な年末年始でした。

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元日は、近所に住んでいる日本人留学生の友だちと分担して、それなりに日本人として新年を迎えた気になれそうな食卓づくりに励みました(笑)パランデル家はおなじみの乾燥キノコで出汁をとった、キノコたっぷりお雑煮を提供。おせちやお汁粉やおとそもそろって、食器はまあフィンランドですが、正座してちゃぶ台囲んで、たまたまやってたジブリ映画を見ながら美味しいものをいただく。慎ましく幸せな一年のはじまりはじまり、でした。あと新年早々ミッコがやたら料理など張り切ってくれるので、楽させてもらってます笑

お仕事はなんだかんだで元旦の夜からちまちまと始めています。あえて他人が普通くつろいでいるであろう、心の余裕があるときに気分よくマイペースに調べごとや翻訳作業など進めるのは嫌いじゃないです。いっぽう、毎年のことながら昨日ないし今日と世の仕事始めの日が来ると、うんざりする量の新規メールが押し寄せてくるので、それらをさばくのにはやや疲弊。今日は日中馬力上げて少し頑張りすぎたので、あとはのんびりサウナ入ってバスローブでマイナス23度の世界でしばし涼みたいと思います(笑)

それにしても、年が変わったとたんにようやく従来の冬モードにスイッチがはいり、ここ数日はマイナス20度台がデフォルトです。それでも相変わらずの自転車登校ですが、昨日は鼻を隠すマフラーを忘れて、下り坂で「鼻とれてどっかに落っことしてきたかも!?」と焦るくらい、鼻が冷たくなりすぎて感覚を失ってしまいました。明日からは出張初めということでヘルシンキへ。多少は気温もマシなのかと調べたら、意外と今は南方も寒いようですね…。今年最初の取材仕事でインタビューさせていただくのは、私のインタビュー業史上最高齢の方です。それでも戦後のフィンランドのデザイン界に非常に大きな転機をもたらした、重要人物のひとり。どんなふうにコミュニケーションをとるか(とれるか)は、まさに現場でお会いして様子を見ながら、となりそうですが、貴重な機会に感謝して楽しんできたいと思います。週末はミッコもヘルシンキにやって来て、新年パーティ出席や誕生日祝いなど。すでに願うまでもなさそうな予感はしますが、今年もたくさん移動してたくさん新しい世界に出会える一年でありますように。

ayana@jyväskylä.fi


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おっと明日は祝日とな!


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